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維新の剣  作者: 才谷草太
刻の歪
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敵の正体

 勝の屋敷から千葉道場に戻った時は、既に夜も明けて来る頃だった。門の中には恐らく寝ずに待っていたと思われる佐那が立っており、以蔵を迎えた。

 「お帰りなさいませ。ご苦労さまです」

 「佐那…寝て無いのか?」

 「主人が寝ずのお役目をしている時に、妻が寝て待つなどできません」

 そう言いながら優しく微笑み、以蔵の刀を受け取り屋敷に入って行った。以蔵はしばらく忘れていた心地よさを、早朝の澄んだ空気と共に吸い込み、佐那の後に続く。


 それから程無く、以蔵に四人の客が来た。徹夜明けに朝食を流し込んだ直後の事だった。


 「貴方達…なぜ勝先生と…?」

 流石の以蔵も胆を冷やした。そこには居る筈の無い男が二人、勝と共に千葉道場を訪ねて来ていた。

 「とにかく中へ…。佐那、佐那! お客人にお茶を…」

 慌てながら屋敷の奥に居る佐那に声を張る。すると、その内の一人が愛想良く笑いながら、

 「そうかぃ? じゃあ遠慮しちゃ悪いな。邪魔させて貰うぜ」

 と、さっさと上がって来た。

 「なあ浅野、いや、岡田だったか? どっちでも良いや。何処に通してくれるんだい?」

 「原田組長、不躾ですよ…」

 「堅ぇ事を言うんじゃねぇよ。知らねぇ仲じゃねえだろう?」

 「礼儀という物を弁えて下さいと言っているのです」

 「総司は真面目すぎてダメだな。なぁ岡田」

 そう言いながら、道場の方へ歩き出した。その姿を苦笑いしながら自分の部屋へと誘う以蔵。


 そう、以蔵を訪ねて来たのは、新撰組の沖田総司と原田左之助、そして勝海舟と…謎の男。


 「まず、どういう経緯か説明してくれませんか?」

 以蔵が先に質問をした。当然の事ではある。すでに脱退した新撰組からの追手であれば、勝が居るのはおかしい。更に正体不明の男の口には布が押し込まれ、手を後ろに縛っている。

 「説明を受けたかったのはこちらですが、先に事情を説明します」

 「そうだな、オレは混乱して良く分からねえから、総司、宜しく頼む」

 左之助の言葉に軽く頷き、沖田は説明を始めた。


 「寺田屋で引き取った男の死体を見聞しながら、私と原田組長、土方さんは、貴方の処遇で揉めていました」

 「追手を放ち、私を斬る為…ですね?」

 「そうです。私は反対したのですが、原田組長が頭に血を昇らせて聞かなかったんです」

 「当たり前じゃねえか! 新撰組を脱退など認められる筈がねえだろ!」

 「だから説明したじゃないですか、薫さんの素性を…。他言無用ですよ?」

 「分かってるよ、もう」

 一向に説明が進まない状況を見兼ねて、勝が笑いながら言った。

 「お前さん達、ここで口論しちゃ以蔵に全てを話しきれないぜ?」

 「そうですよ、原田組長、少し黙ってて下さい」

 沖田にそう言われた原田は、ムスッとして腕組みをしたまま黙ってしまった。

 「岡田以蔵を敵に回すのは、今の状況では宜しく無い。しかし倒幕の連中と結託し、騒ぎを起こされるのも見過ごせない…その為に、見張りを付ける事となりました」

 「それが沖田さんと原田組長ですか?」

 「いえ…事はそれ程単純ではありません」

 「見張りならオレ達が出る程の事じゃねぇだろ」

 つい口を挟んだ原田を、沖田は睨み、それに気付いた原田はヤレヤレとまた横を向いて口を閉じる。

 「近藤さんと土方さん、そして私が話していた時…庭にあった新之助と呼ばれていた死体が、何かを引き裂くような音と煙の中で消えたのです」

 「消えた? 新之助の身体が??」

 「はい。更に、不思議な事に土方さんと私、それに原田組長以外の人間から、その男の記憶がすっかり無くなっていたのです」


 その後、暫く無言の時間が流れた。以蔵は黙って腕を組み、考え込んでいる。

 「お待たせして申し訳御座いません」

 障子の向こうから佐那の声がする。ゆっくりと障子を開け、茶を運んで来た。

 「随分と器量が良い娘さんじゃないか。以蔵、お主の妾か?」

 原田が以蔵に向かって冷やかすが、佐那が清楚な笑みを浮かべてそれに答えた。

 「主人が京でお世話になったようで、ありがとうございました」

 礼儀を正して礼をする佐那に、流石の原田も言葉に詰まり、オウとしか答えられなかった。


 佐那が部屋を後にしたのを確認した沖田は、沈黙に続いて説明をする。

 「つまり、貴方と特別親交の深かった人間以外に、記憶が残っていないのです。私達は、岡田以蔵という共通点に気が付くまでそう時間は掛かりませんでした。そして、自分達の知らない所で、何か強大な力が働いているのでは無いかという結論に至ったのです」

 「その強大な力を確かめる為に、江戸に?」

 「江戸となると、貴方が元々勝殿の門弟であった事と、千葉道場に居た事しか知りませんから…とにかく勝殿に面会を申し入れ、何か存じ上げていないかをお伺いに参りました」

 「その先は私が話すよ」

 今度は勝が説明を買って出た。

 「二人がお前さんの素性を聞きに来た時は、少々汗を出したがね…新撰組が岡田以蔵を探してるって、穏便じゃねぇからな」

 その言葉に原田はプっと吹いた。

 「この男が詰め寄って来てさ。岡田を出せってうるせぇんだ。で、中に入れて事情を聞くと、何かとんでも無ぇ事に成り始めてる。とにかく一晩落ち着いて休み、日が明けてから千葉道場に行く事にしたのさ。そしたらその夜、ボロボロの浪士が忍び込んで来て、またお前さんの話をするじゃねぇか…。後は知っての通りだが、お前さんが帰った後、もう一人の刺客が俺の所に来たんだよ」

 「もう一人??」

 「ああ、それがコイツさ」

 そう言って縛り上げている男の頭を叩く。

 「後一寸で俺の眉間は割れてたけどな。原田組長が槍を伸ばして刀を止めてくれなきゃ、俺はここには居ねぇ」

 原田と沖田は、その時の状況を説明していた。刻の旅人や、歴史を変えるという事も、大凡理解できていたようだ。最も、それを理解するにはこれまでの『岡田以蔵』という修羅を知っている必要もあったが、ここまで不可思議な出来事が起こると、信用せずに説明は出来なかった。無論、原田が全て理解できているかは少し疑問に残るが…。


 「ちょっと待って下さい…。あの闇の男は、長州から始めると言ってましたよね?」

 「ああ、確かに言ってたね…」

 「なのに勝先生を始めに襲った…」

 「暗殺だろ? 馬鹿正直に順番を教える程、武士道精神なんて持ち合わせちゃいないって事じゃねぇか?」

 その恐怖をすぐさま理解できたのは、以蔵と勝だけだった。薩摩・長州・幕府の主要人物を、同時に暗殺などされれば、以蔵一人では止めようが無くなる。しかも、以蔵が勝の屋敷から出た後で襲撃をしたとなると、暗殺犯の目的は「岡田以蔵」では無い。完全に新之助の策に乗せられ、隙を作ってしまっていたのだ。


 恐らく闇の以蔵は策略など使える筈は無い。全ては新之助の遺志によって動いている。暗殺犯五人を味方に付ける程のカリスマを、新之助は持っていたのか…。


 「…五人?」

 「どうしたんだい? 何か妙案でも浮かんだのか?」

 以蔵は勝を襲った男に摺り寄って、口を自由にした。

 「人斬りさんよ、岡田以蔵を知ってるだろう?」

 その男に問いかけると、以蔵に向かって言葉を吐いた。

 「朝敵岡田…おまはんを奈落に突き落とし申す!」

 「なるほど、そういう事か。五人と言う言葉で閃いたぞ…。お前は確か、中村半次郎…」

 「一緒にされては困り申す」

 「やっぱり薩摩藩士…田中新兵衛か。中村半次郎殿とは面識がある。その顔は覚えてる」

 「おまん、おいどんを嵌めたか!」

 「繋がりが見えなかった。五人の刺客と、新之助を結ぶ事がね…。しかし、新之助は土佐勤王党に紛れ込んで居たと言っていたからな。随分と人を斬ったみたいだが、あの闇に生きる男との仕業だろう?」

 田中新兵衛と呼ばれた男は、口を閉ざしてしまったが、以蔵はさらに続ける。

 「お前は勤王党の裏で人斬りを行うあの男と出会い、親交を深めていたと言う事か」

 すると、今度は沖田が口を開く。

 「田中新兵衛と言えば、一度捕縛された後に脱走をした人斬りだと聞きますが…」

 「恐らく、その脱走を助けたのが高松新之助でしょう。この三人が深い関係を持ち、今回の謀略の中心を担っている、と考えるのが妥当かも知れません。しかもあの新之助が絡んだ脱走となると、恐らく正史では脱走はできていないハズです」

 「正史と来たか。妙な気分だね、何とも…。しかし謹慎中とはいえ、幕臣の俺を狙って来る事自体、ある程度信頼のできる奴だろうから、その推測は当たっているだろうね」


 勝・沖田・以蔵の推測は核心を突いているらしく、新兵衛の額から汗が噴き出て来る。


 「どうやら当たりのようだぜ、こいつ、冷や汗出してやがる」

 原田が笑いながらその額を指差す。

 「なぁ岡田、このまま一気に喋らせてしまえよ」

 「いえ、もう見当は付きました。田中新兵衛、河上彦斎、中村半次郎、闇の男…」

 闇の男を本来の『岡田以蔵』とすると、幕末四大人斬りと称された顔触れになる。

 「四人じゃねぇか。あと一人は?」

 「薩摩と長州、その繋がりは先の四人で完成です。残るは幕府…その存在を疑われず、人斬りとして、最も適した組織は?」

 「まさか…我々の中に!?」

 沖田が弾かれる様に立ち上がる。


 以蔵は間を置いて沖田に向かい話しを続けた。


 「過激な思想を持ち、目的の為なら仲間の死をも厭わない男…。そして、新撰組と反する思想を持ち続ける男であり、強烈に周りを惹き付ける力のある男…」

 「伊東か! 伊東甲子太郎!」

 新之助に足りなかった『カリスマ』が、そこに解決した。

 「サンナンさんを仲間に引き入れる為に様々な画策をした挙句、京を戦火に染める謀略を阻止された男…恐らくその頃に、新之助と出会ったのでしょう」

 「伊東参謀は頻繁に薩摩などへ遊説を行っているが…」

 「そうでしたか…将軍警護から外され、孤立していた私にはそのような情報が入ってませんでしたが…。それなら諸藩の志士と繋がりを深める事も…。新之助が亡き今、影で操るのは伊東か」


 そこまで話すと、以蔵は新兵衛を睨む。その視線に気付いた新兵衛は、大量の汗を流しながら不敵に笑い、口から血を吐く…。


 「この野郎、舌を噛み切りやがった!」

 原田が新兵衛の身体を掴み、屋敷から外に出す。

 「残りは四人…沖田さん、勝先生の警護をお願いできますか? これから私は、原田組長と共に新撰組に戻り、土方副長に全てを説明します。沖田さんの事は…労咳で江戸にて養生、とでもしておいて宜しいですか?」

 「分かりました。勝殿の謹慎が解ければ、幕府からの護衛も増えるでしょうし、他に頼める方も居ませんからね…」



 全て正史のまま流れていると思っていた事だが、その裏では歴史を変える為の暗躍があり、徐々に歪が生まれていた。しかし、この時代に生きる人々と、以蔵の行動によって補正されていたのだった。

 思えば以蔵の名を語った事、以蔵が新撰組に入った事、そして全ての人々との出会いが必然であり、この時を暗示していたのだ。刻を超えた真意は、まさにここにあったのだ。


 決して歴史に語られない戦が、全ての勢力を呑み込み始まろうとしていた。

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