帰宅、千葉道場
以蔵は寺田屋で、新之助の持っていた拳銃を隠し取っていた。沖田が気付いたかどうかは分からないが、その銃は恐らく昭和時代に飛んだ時に手に入れた物だろう。一緒に持っていた巾着には、予備の弾丸が27発。シリンダーには4発残っていた。6連装式の銃である事から、最低2発はこの時代で使用したのだろう。
『歴史上の偉人に使っていなければ良いのだが…』
以蔵は不安になりながらも、新之助が遺した遺志があると言う、江戸に向かっていた。
文久二年の十月に勝に出会い、その後は神戸や京を中心とした生活だった為、実に四年ぶりである。更に新撰組に入隊してからは、江戸に文も出していない。佐那とはずっと離れた生活を送っていた。
以蔵はその事も不安に感じつつも、五月中旬に千葉道場に戻って来た。
「…只今戻りました…」
玄関から控え目に声を掛けるが、誰も出て来ない。今の時間帯なら当然道場に皆居るのだろう。そう思いながらも、その場からなかなか動けないでいた。
暫く玄関で腰を下ろし、懐かしい香りに浸っていた頃、佐那が道場から出て来る。
「…どちら様でございましょうか?」
不意に以蔵の背後から声が聞こえ、慌てて振り向く。
「あ、戻りました」
「どちら様でしょうか。その様な所に居られると迷惑です」
「怒ってますよね…?」
以蔵は佐那の無表情な顔を見て、恐る恐る聞く。しかし、佐那は表情を一切変えず、
「兄のお知り合いの方で御座いますか? 只今お呼び致しますので、申し訳御座いませんがお待ちいただけますか?」
そう言って素っ気なく道場に消えて行った。
『マズイ。かなり怒ってる』
当然である。夫が四年近くも音信不通となり、ある日突然姿を現したのだから…。どうやって機嫌を取ろうかと考えていた時、道場から地鳴りが近付いて来た。
「剣さん! いや、以蔵さんか…どっちでも良い! 無事だったか!」
やたら大袈裟で感情的な男…義兄、重太郎だった。その目には薄ら涙が見える。
「文が途絶えて三年半だぞ、君はどこで何をしていた!」
「それが…素性を隠し、別人になる必要ができ、その事を伝えればご迷惑が掛かると思い…」
「家族に何て気を遣うつもりだ、佐那がどんな気持ちで日々を送っていたか…」
感情が高ぶり、重太郎は涙を滝の様に流しながら以蔵の身体を抱き締める。
「佐那を呼んで頂けますか? 許しを請うつもりはありませんが…京での事を全てお話しさせて頂きます。もちろん、重太郎さんにも…」
「分かった。しかし、佐那は相当怒ってるぞ? 大丈夫か?」
「…どんな敵よりも、佐那が一番恐ろしい…」
ポツリと呟いた以蔵を見て、重太郎はポンポンと肩を叩き同意した。
暫くして、かつて以蔵が寝泊まりをしていた部屋に三人が揃う。佐那は相変わらず不機嫌な表情を崩さないが、その場で新撰組に入隊せざるを得なかった事、そしてそこであった事件、寺田屋での騒動と脱退について説明した。
流石の佐那も、その壮絶な日々に目を丸くして驚き、重太郎に至っては感涙を流す程だった。
「日々、命の危険に晒されながらも、国の為に生きていたのか…。しかしあの龍さんが薩長を結び付けてしまうとはね」
「それで、あなたは京の町で何かを得たのですか?」
佐那はようやく以蔵に声を掛けた。
「長州に友ができました。そして新撰組にも。そして、私のやるべき事が見付かりました」
そう言うと、佐那に向かって頭を下げた。
「佐那、長い間心配を掛けた…。この先、私はどうなるか分からない。だが、必ずここに戻るから、安心して欲しい」
「以蔵…剣一殿。私が怒っているのは、文を寄越さなかったからではありません。佐那は貴方の妻です。それを数年で他人行儀に挨拶など、私をどこかの町娘とでも思っているのですか!?」
冷静な表情に戻った佐那は、厳しい言葉を掛ける。
「この数年で成すべき事を見付けたのは、あなただけではありません」
意味深な言葉を発した後、佐那は口を閉じてしまった。
そんな状況の中、重太郎は以蔵に、
「まぁ…今日は旅の疲れもあるだろう。ゆっくり休むと良いよ」
そう言って、佐那と以蔵を残して部屋を出て行った。
久しぶりの夫婦の再会ではあるが、佐那は一向に口を開かない。重い空気のまま夜が更けて行った。




