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維新の剣  作者: 才谷草太
避けられぬ戦へ
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刻を超えた理由

 新撰組屯所を出た以蔵は、そのまま寺田屋へと向かう。陽は落ち、すっかり夜になっていた。

 龍馬とともに襲撃を受けた寺田屋…なぜ自分がここを指定したのか、全く不意に言葉を発したのがココだった。

 寺田屋の入り口を潜ると女将が出迎えた。

 「浅野殿…御無事そうで何よりで…」

 「今はその名を捨てました。あの後、坂本殿達の安否は分かりましたか?」

 「薩摩藩へと向かわれた様です。楢崎と共に一旦姿を消すと。それより、お客人がお待ちですよ。今日は懐かしい御方ばかりが揃います」

 お登世はそう言いながら、以蔵を二階へと導いた。襲撃された部屋の隣…そこに新之助は居た。


 「遅かったじゃないか。いつ縛吏が攻め込んで来るかとヒヤヒヤしてたぜ」

 「そう何度も攻め込んでは来ないでしょう…。しかし、新之助さんも無事で良かった」

 「オレはお前さんが死んでくれた方が、楽で良かったかも知れないがね」


 突然の新之助の言葉に驚きを隠せない以蔵。


 「悪い冗談ですよ…」

 「冗談じゃねぇよ。勝の元でお前さんに会った時は、同類だと思ったんだがな…」

 以蔵は意味が分からず、混乱したまま新之助を睨みつける。

 「分かって無いみたいだな。オレとお前は、相反する存在なんだよ。オレは歴史を変え、お前は歴史を守る。伊井直弼・吉田東洋を暗殺から救った事で、どうやらお前は俺の味方だと思ったんだがな…。どうやら歴史を修正する力を持ってやがる」

 「ちょっと待って…言ってる意味が…」

 「俺には歴史を変える力が備わってるんだよ。お前が暮らしていた世界は、俺が関与した歴史だ」

 「過去から未来に行ったお前に、お前が関与しなかった歴史が分かる訳無いだろう!」

 「正論だ! だがな、俺は大戦中に仲間を数人殺しちまってな…。最初は酷い目眩と手足の痺れに襲われたんだ。その時は歴史を変えてしまったと思ったが…それでも殺しまくった。そうすると、どうだ。刻を超えずに目眩は治まった。恐らく俺が消えても歴史の修復は出来なくなる所まで行きついてしまったんだ!」

 話す新之助の表情は、既に正気の表情では無かった。以蔵は驚愕の表情を浮かべ、新之助を見る。


 「その後は、俺が誰を殺しても目眩なんか起こらなくなった。刻の流れの外に弾かれたのさ。その時は既に敗戦の色が濃くてな…俺は考えた。過去に戻り、この国を武装国家にする。一度未来に行った時、好き放題にやった結果、お前が暮らしていた未来になった。そして、俺は遂に江戸時代へと来た。幕府だろうが朝廷だろうが、国に大戦を引き起こし、兵器の技術力を引き上げる! 最新鋭の武器を輸入し、それを元に改良・開発し、一気にアメリカ・イギリスに並ぶ国家に!」

 勢いよく捲し立てる新之助に、以蔵が反論する。

 「お前一人で何ができる! 既に維新へと向かい、時間は流れている!」

 「分かって無いな…。この先に戦を治める男を消してやれば、この国はやがて戦に暮れるようになる」

 「そうなれば、日本はアメリカの植民地となるのが…」

 「なったらなったで良い! あの忌まわしい大戦が無くなるんだ! お前に分かるか!」

 新之助は以蔵の顔を掴み、尚も話し続ける。

 「愛する人達が自決する、守ろうと決めた物が次々と撃ち殺される。仲間達は戦死した者の肉を漁り、病にかかりのた打ち回って死んで行く。そんな人の屍の上で成り立った国家は、一部の人間の私腹を肥やす為だけの未来と成り果て、過去を知らない奴等は、我こそ全てという態度を取る! ならば、その国を根本から覆してやる! 戦に慣れ親しみ、そして栄えるも滅ぶも自由! だが、命を賭して生きる事のできる国へと変えてやるのだ!」

 既に瞳に輝きが無く、闇に引き込まれているかのように話す。


 「勝に就いたのも、奴が軍隊を創る男だからだ…そんな時に、お前と出会った。歴史を変える力を持つ者…そう感じたが、新撰組に入ってからという物、お前の行動はどうも違っていた。歴史を変えまいと、何かを思案しながら動いているように思えた…。関わりを持たぬように」

 以蔵は新之助の手を払い除け、叫んだ。


 「今日、あそこに居たのは俺を誘いだす為か!」

 その言葉に、新之助は立ちあがって笑いながら答えた。

 「ああ、そうさ。今回だけじゃ無い…先のこの宿での一件も、俺が新撰組にいる者に流した! 一瞬でもお前を足止めしていれば、浅野薫が本来やるべき仕事を全うできない。そして本来の歴史であれば、その罪を問われて除名となるが、岡田以蔵の名を知っている土方達は、お前を活かす筈が無い、そう考えてな! しかしお前は生きて脱退した!」


 新之助は懐から銃を取り出した。

 「まさかこの銃で刻の旅人を撃つとは思わなかったぞ…」

 「制札を抜く様に囃し立てたのは、お前だな」

 「そうだ、お前を消す為にな…。お前は歴史の番人としてここに存在する。俺は歴史を変え、新たな歴史を創る。お前は俺によってここに飛ばされ、刻の番人として生きる事を宿命付けられたのだ! だが俺の勝ちだ! 今ここでお前を殺し、俺は刻を支配する!」


 次の瞬間、新之助の腹を刀が貫いた。それは以蔵では無く、新之助の背後からによる物。

 吐血しながら後ろを振り向く新之助。

 「貴様…なぜここに…」

 「刻の旅人という存在がどういう物なのか、良くは分からないが…お主はここに居てはいけないのだろう? 悪いが、友を守らせて頂く」

 そう言うと、背後の男は刃を抜き、更に胸にひと突きを繰り出した。

 「やはり、以蔵…お前は刻に守られ、守る男だ…。だが、まだ俺の一手は生きている。江戸でお前を待つ影が…勝つのは俺の遺志だ…」


 力尽きた新之助の身体から刀を抜き、横に押し倒すと、その男の姿が見えた。

 「沖田さん…」

 「貴方を付けて来ました。別れの言葉を言うつもりでしたが、寺田屋に入ったので不思議に思っていたら…。全てを話してくれますか?」

 「…今は無理です…」

 その言葉に、沖田も素直に従った。そして、その遺体の処理をする為に新選組へと引き渡し、以蔵と別れる事になった。


 「薫…いや、名を知らぬ友。いつか、貴方の役目が終わった時、友として私に会いに来てくれますか?」

 沖田の言葉に、以蔵は答えられなかった。ただ、精一杯の笑顔を沖田に見せ、京の都を後にした。

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