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維新の剣  作者: 才谷草太
避けられぬ戦へ
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寺田屋遭難(2)

 十人の空間を支配したのは薫だった。しかしそれは意に反して出した軽率な言葉から。

 『浅野薫』の存在を隠す事を真っ先に考え、この場を有利に運ぶ為に、咄嗟に出した言葉が『岡田以蔵』となってしまったのだ。

 しかしこの瞬間、凍結されており完全に伝説となっていた男を目の当たりにした、伏見奉行所の縛吏達は、元々実戦に慣れて無い事も重なり身体が硬直した。

 薫は自ら口にした言葉を後悔しながらも、その十人のど真ん中に居合腰のまま突っ込んで行き、抜刀と同時に二人を薙ぎ倒す様に斬った。

 薫に斬られた男は、左腕と右腕を負傷し、その場に座り込んでしまった…恐らく腰が抜けたのだろう。

 そしてその斬撃の後、龍馬は高杉から渡されていた拳銃で三発、発砲した。銃弾は二発がそれぞれ的に当たり、一発は逸れて柱に当たる。その乾いた爆発音に弾かれる様に、三吉の槍も縛吏の槍と重なる…。


 しかし、敵のど真ん中に斬り込んだ薫は、微動だにしない…。いや、動けないでいた。

 『目が…回る…世界が逆転する!』

 そう、刻を超える前兆が始まった。

 ここで龍馬を救う事が、後の歴史に影響を与えるのか…ならば、救う事は許されない。このまま友が斬り殺されるかも知れない惨状を、黙って見るしか無いのか?

 薫は必死に周りの光景を見ようと、両の足に力を込め、周りを見渡した。


 薫の周りに、縛吏が居ない。三吉が槍を使い二人と奮闘しつつ、龍馬はまた二発発砲していた。


 身体が動かない。目が回り、剣を抜く事もまま成らない。龍馬が死ぬ…。


 薫は必死に刀の柄を握り、縛吏の背中に抜刀するが届かない。朦朧とする意識の中で、自ら抜いた刀を確認すると脇差だった。薫は脇差を捨て、太刀を抜く。抜刀術を使える程の体捌きなど出来なくなっていた。龍馬に向かって行く縛吏を背中から斬ろうとするが、距離感が掴めない。


 『龍馬が死ぬ』

 そう思った瞬間、薫の意識が戻った。龍馬は薫の身に異変が起こっている事を察知し、必死に薫を呼んでいた…その名前は、『岡田以蔵』として…。

 何故意識が戻ったのか分からないまま、縛吏の足を斬りつけて襲われている龍馬の隣に戻り、威嚇する。龍馬は薫の援護が来た事で、拳銃に弾を詰めようとしていた。

 「以蔵殿、大丈夫か…やられたか?」

 一貫して土佐訛を隠し話す龍馬。

 「大丈夫です、早く逃走の準備を!」

 薫は龍馬にそう言い放ちながら、装填している手元を見た。その手元は深紅に染まり、まともに機能していない。

 「やられたのですか!」

 そう問うと、龍馬は自由の利かない手でその銃を縛吏に投げつけ、

 「戦うな! 逃走するぞ!」

 と、薫と三吉に叫び、一気に裏手の窓から屋根に逃れた。そしてそれを追う様に三吉も続き、殿を務める薫は、はっきりとした意識の元で抜刀を一閃。縛吏の先頭に居る男の右足を切り裂き、納刀する間もなく、二人の後を追った。


 薫達はそのまま路地へ路地へと向かい、材木置場の屋根の上に逃れた。


 「三吉、おまんはこのまま薩摩藩邸に向かえ。ワシは血を流し過ぎた…もう動けん」

 改めて見ると、月明かりに照らされた龍馬の左手は、親指からザックリと裂け、どす黒い血で染まっていた。動脈か静脈でも斬った様に血が溢れており、体が震えている。

 「三吉…急ぐがよ…おまんが薩摩藩邸に着く前に、縛吏に捕まってしもうたら、ワシもこの場で腹を斬るがよ…」

 「龍さん、何を言ってるんだ! 私が背負ってでも…」

 薫の言葉を、龍馬は遮る。

 「いかんちゃ…ワシを背負ぅておったら、流石の剣さんも切られてしまうき…。それに剣さんは、ここに居ったらいかんちゃ。屯所に戻り、何食わぬ顔で朝を迎えにゃいかんがよ」

 手傷を負い、死を覚悟している状態ですら友を思う龍馬。

 「三吉さん、走って!」

 薫はそう言いながら三吉の背中を押した。それに反応し、屋根から飛び降りた三吉は、振り向く事無く暗闇の中へ消えて行った。

 「龍さん、私は新撰組を離れます。この先は歴史がどうあれ、友を守る為に命を使いたい」

 「いかん…脱走だけはいかんちゃ。剣さんが新撰組に狙われてしまうがよ…。機を待つがよ…」

 そこまで言うと、龍馬は大量に出血していた事で気を失ってしまう。

 「龍さん…龍さん!」

 慌てる薫は首の脈をとり、生きている事の確認をする。


 『龍さんを守る事が歴史を狂わせるなら、僕は守る事ができないのか…? 龍さんを守る行為で、僕は刻を超えざるを得ないなら、どうすれば友達を助ける事ができるんだ』


 龍馬を抱きかかえながら、身体を冷やさないようにしていた薫の元に、薩摩藩の者が大勢駆け付けた。そこには三吉とお龍の姿もあった。

 彼等は龍馬の身体を背負い、厳重な警戒の元で薩摩藩邸に戻り、その後、お龍は龍馬の看病に就いた。この時西郷は伏見奉行所に激怒し、奉行所に向かおうとしていたが周りに止められている。

 一方で伏見奉行所も、この件が公になってしまっては幕長戦争と同時に、薩摩との戦も始まってしまう事を懸念して内密に終わらせていた。

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