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維新の剣  作者: 才谷草太
同盟への歩み
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幕長戦争への算段

 酢屋に着いた二人は、離れの二階へと向かった。

 階段を昇った先には、身形の良い侍が二人、襖の前で正座をしていた。西郷の供の者だった。

 その二人の侍は龍馬に軽く頭を下げ、ゆっくりと襖の奥に居る西郷に声を掛ける。

 「坂本殿、お帰りに成り申した」

 そう言いながら襖を開け、龍馬と薫を促した。


 「待たせてしもうたかの」

 龍馬は頭を掻きながら、中岡と西郷の膳の間を歩いて進む。薫は遠慮して中岡の背後を通る。

 「何じゃ、もう一杯やっちゅうがか。ワシ等にも膳をお願いする」

 薩摩藩士、西郷の供の者を自分の供の様に扱う龍馬。やれやれと供の者が腰を上げ、膳を取りに行く。そして、二人が去った事を確認し、龍馬が西郷に紹介をする。

 「西郷殿、岡田以蔵改め浅野薫殿じゃ。名前の経緯を聞くと長くなるき、ワシから後で説明するがよ」

 龍馬の紹介の後、薫は深く頭を下げ、

 「初めまして。新撰組監査・浅野薫と申す」

 『監査』とは、京の中の不逞浪士を調査し、怪しい所が無いかを確認する様な役。つまり、このような場所に居ては、斬り掛かってもおかしくは無い役職である。

 「監査殿がこのような場所に来て、良かか?」

 西郷のこの質問に、龍馬が口を挟む。

 「薩長盟約の発案者は、薫殿ぜよ。最も、慎太郎も前々から盟約案を立てちょったが、糸口が掴めなんだが…。米・武器の交換で成り立たせる案は、薫殿から出た事じゃき」

 「岡田以蔵と言えど、新撰組でごわす。何か裏でも…」

 西郷がそう言い掛けた時、薫がようやく口を開く。

 「新選組は会津藩付き、長州とは敵対しています。しかし私は会津とは縁の無い者。世話になっている新撰組でも、国の為に働いて返しております。そして、国の為には藩同士が争う事を止めるのが、最優先と判断しております」

 「西郷殿、ワシ等ぁの定義でこの男を推し量る事はできんがよ。常に時代の先を見ちょる」

 「それは坂本どんも同じことでごわす」

 龍馬の言葉に、西郷は苦笑いをして返した。


 そんな三人のやり取りに口を挟んだ中岡。

 「以蔵…もとい浅野殿。この先の事に妙案でもお持ちですか?」

 相変わらず訛りを隠した喋り方である。彼自信、土佐から長州に身を移している関係上、訛りを前面に出していては、長州に迷惑を掛ける事を恐れ、注意して話している。

 「妙案…ですか? いや、特にありませんが、この先の戦について御話しが出来ればと思います」

 「戦…で、ごわすか?」

 「ええ、薩長盟約となっても、戦は始まるでしょう。恐らく幕府は、先の長州征伐での後始末を不服とする筈です。薩摩藩がそれを行い、幕府が口を挟む余地がありませんでしたからね。それを不服とし、朝廷にでも訴えを出すのでは無いでしょうか? 今のままでは、幕府が威厳を保てません」

 「むぅ…その通りでごわす。今正に朝廷への武力行使をも含めた、長州五卿の身柄受け渡しと、参勤交代の復活を仄めかしておいもす。おいどんが、勅命は止め申したが…」

 西郷はその為に薩摩より京に出向いていた所だった。

 「すでにそこまで切迫していましたか…。西郷殿、事を焦り過ぎたかも知れません…」

 「どげんこつで…?」

 自分の対処が間違っていた、と指摘され、少し慌てる西郷。薫は自らの考えに過ぎぬ、と前置きをした上で話し出した。

 「武力行使すら視野に入れた幕府の訴えを却下した朝廷に対し、その権威失墜を恐れた幕府は、何が何でも長州を落とそうとするでしょう。しかし、政治的策略が空振りとなった今、武力行使をするしか残ってません。将軍御自ら出兵指揮を執る事になるかも知れませんね…」

 「今、動かれたらマズイちゃ。武器の用意も修練もできちょらんがぞ」

 「おいどんも、諸藩を纏め切れておらん」

 「恐らく、これからは一刻を争う情報戦となります。西郷殿は長州を囲む諸国に、幕府軍への参戦拒否、そして中岡さんは拒否ができない諸藩の、武器弾薬・兵糧庫の位置調査を行う。龍さんは、その情報を即座に長州に報告し、奇兵隊への情報として行く。同時に軍艦と武器の手配、そして海戦への準備を、長州藩と進める。これらを同時進行し、夏までには戦の算段が立たなければ、長州は敗戦し、威厳の失った幕府は再び暴走を始めるでしょう」

 「兵糧庫の密偵…?」

 西郷が聞き返す。すると薫はニっと笑い、

 「米価が上昇し、武器も長州が優れています。長期戦になれば降伏せざるを得ません。幕府と共に命を賭ける程の武士道は、今や成り立つ時ではございません」

 「被害を最小限に留める為に、兵糧攻めをする言うがか。成る程じゃ…先に説得に回った薩摩の影も背後に見え、諸藩は降伏する事を選ぶしか無くなるっちゅう訳じゃな」

 「盟約を表に出さずとも、裏で薩摩・長州が繋がっていると感じれば、時勢が変わったと安易に想像できると言う事ですね」

 龍馬と中岡は、その目を輝かせて薫の言葉に喰いつく。


 「説得と同時に、兵糧庫の位置特定。地形等も必要となり申すな…」

 西郷が腕組みをしながら呟く。

 「剣術での戦とは、完全に形が変わります。長州一藩と、諸藩の戦を念頭に入れ、1対多数を想定した戦術を練らなければなりません。まぁ、最もそうなると高杉殿の方が、私よりも優れていますので、どのような情報が必要かは龍さんが直接、高杉殿と御話し下さい」

 「分かったちゃ。ほいたら、薩長の御偉方が顔を会わせるがは、その準備が整った後の方がエエな」

 「そうですね…。戦の準備が先決です。西郷殿もそれで宜しいですね?」

 暫く考え込んでいた西郷は、目を伏せたまま腕組みを解き、

 「浅野殿…策士としての伝説はあり申すが、その人物像からはかけ離れておい申す。『岡田以蔵』とは、何者でごわすか?」

 西郷の問いかけに、薫は微笑みながら答えた。

 「ただの男です。日本人であるだけの事。この国を、正しい国にしたいだけ…ここに居る、また、諸藩に散らばる志士達と同じく、ただの男です」



 龍馬と薫の膳が運ばれてくる。

 質素な料理に、酒。それを眼前に置き、四人は杯を上げ、龍馬が口を開く。


 「この国を、洗濯致そう」


 四人は揃って杯を上げ、一気に酒を飲み干した。


 この先、幕末最大の戦が展開され、未来を左右する。

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