回天を前に(3)
龍馬と薫は、京の町を歩きながら大阪で別れた後の事を報告し合っていた。
たった二カ月。しかしこの間は二人にとってはあまりにも激動とも言える時間だった。山南敬助という男の、命を賭けた京への思い、薩長を結ぶ為に奔走した龍馬と中岡。互いにこの国を思い、行動を別にしていたのだが、その中でも確実に志を共にしている者が居る安心感。そして、彼等が救えなかった同士達への無念さを共有する、貴重な時間となっていた。
「そうかい…新撰組の中にも、そんな男が居ったがか。この国を思う者同士が睨みあい、斬り合う世の中は嫌じゃのぅ」
龍馬は山南の切腹の実情を知り、やり切れない思いを持った。
「しかし、長州の高杉・桂殿の御理解もあり、サンナンさんの思いは果たされました。死ななければ成らなかった事は残念ですが…」
「薫殿がその場に居って、命を落とさにゃいかんっちゅう事は、他に方法が無かったがやろ?」
「長州のお二人に引き合わせる事が、精一杯でした。しかし、今でも考えます。もっと他に策は無かったのかと…」
薫は表情を曇らせ、天を仰ぎ見る。夕暮れの京の空が紅に染まり、美しく、儚く見える。
「今、ワシは戦の手助けをしちゅう」
暫くの無言の時を過ごした二人の間に、龍馬の呟く声が伝わる。
「戦? そうならない為の薩長盟約では?」
「薩長の戦にはならん。恐らく、幕府と長州の戦になるがよ。先の京での政変で煮え湯を飲まされた長州と、トドメを刺したい幕府の戦になるろう」
幕府としては、この機会に長州を叩き、反幕府勢力の鎮圧に掛かろうとしているのだった。そして、朝廷をも武力で屈服させ、勤王という思想をも根絶やしにしようとしていたのだった。
「戦を避ける方法は無いかの?」
龍馬は薫に聞いた。
その目的が何であれ、戦を好まない龍馬らしい質問である。が…
「避けられないでしょう。戦を避けるとより大きな火種を生む事になります。長州が屈服したとなると、倒幕態勢は一気に崩れ、力の無い幕府の暴走が始まります。恐らく諸外国の言うままに開港を行い、不平等な条約をも結んでしまう可能性があります」
「清国の二の舞…かや。そう成らん為にも、幕府を倒せっちゅうがか?」
龍馬の質問に、口を閉ざす薫。再び空を見上げ、ふうっと息を吐いた。
「龍さん。この先に誰が待っているんです? どうせ、私に会わせたい御人が居るんでしょう?」
龍馬はそんな薫の様子を見て、何か策がある、と期待した。
「薩摩の西郷吉之助さんじゃ。浪士結社の出資をしてくれちゅう薩摩の御偉方じゃき」
西郷…隆盛か。これはまた幕末のキーマンに出会ってしまったと、期待と不安が胸に込み上げる。
「では…西郷殿の前で、私の考えを話してみましょう。西郷殿と同じ思いであるならば、私もできる限り協力しますよ」
「薫殿は新撰組に身を置いちゅうがよ。あまり無理しちゃいかん」
「無理? 龍さんにそう言われるとは思いませんでしたね」
二人は笑いながら、西郷と中岡が待つ酢屋へと歩みを向けた。




