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維新の剣  作者: 才谷草太
同盟への歩み
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長州の猫

 薫は旅籠の主人に沖田の事を頼み込んだ。結核では無かった事で、感染する事は無く、路銀を渡して宿代と介抱を含めて、その大半を遣った。

 「宜しくお願いします。可能な限り早めに戻りますので…」

 新撰組となれば断るのも気が引け、ただ宿での揉め事だけが不安だった主人も、渋々受け入れた。


 その後、昼夜を問わず二人は但馬に向かい歩いた。その旅路の中で、山南は薫に問いかけた。

 「一体誰に会いに行くと言うのか?」

 自分達を嵌め、新撰組を手中に治めようとする伊東参謀の画策から、形勢を捥ぎ取る程の人物が但馬に居る事が信じられない山南。

 「私は死罪になる身。せめて新撰組を守ろうと奮闘する覚悟は決めている。今更勤王・佐幕どちらの思想でも無いよ。話してはくれないか?」

 そう言う山南の表情は、いつもの様に優しかった。

 「…桂小五郎です。長州の」

 「桂? …なるほど、猫堂(桂の雅号)か。彼が但馬に潜伏しているのかい?」

 「ええ、こうなっては隠しているのも失礼なので、全てをお話します」

 そう言って、大坂での一件を全て話した。流石に驚きを隠せない山南は、しきりに唸りながらその話しを聞き、質問を繰り返した。


 「信じられない。長州と薩摩を結び付けるなんて…。坂本という男は、一体何者なんだい?」

 「私の唯一の…親友です。彼が居なくては、平和な未来はありません」

 「薩摩と薫さんを結び付けていたのは、坂本殿だったのか。神戸の操練所筆頭塾頭だった男と聞くが?」

 「彼は勤王でも佐幕でも、平和で皆が笑える世の中であれば良いんですよ」

 「どんな勢力でも仲間にしてしまう男か…。新撰組としても、一番の脅威は彼の様な男だね」

 「とにかく、桂さんに会います。桂さんは藩の中枢にも意見できる程の御方…。彼を味方にできれば、京で血生臭い謀略が進む事を止められるかも知れません」

 「桂殿が…中枢と言うと、毛利家と繋がっているのか。西本願寺も毛利家と繋がっている。そこで一歩下がる事を了承してくれれば、確かに…。だが、面白くないのも確かだよ」

 「ええ、拠点が敵に抑えられる、という事になりますからね…。とにかく、会ってみないと何とも言えませんよ」

 山南は、低く唸りながら但馬への道程を進めた。



 1月25日。但馬にある熊野神社近くの農家で、あっさりと桂を捕える事ができた。あの時と同じ変装をしていたのだが、この時はもう一人居た。その男は着流しに刀を差し、髷は結っていない短髪。顔は凛々しく知的な感じもするが…。

 「何だい、浅野君じゃないか。僕を斬りにでも来たのかい?」

 極々平静を保ち、着流しを着た男と胡座をかいている。無論、桂に斬られるという危機感は持っていない。それ程信頼している上で、逃げも隠れもしなかったのだろう。

 「この男が、桂の言っていた浅野君か…。なるほどね」

 着流しの男は、顎を撫でながら不敵に笑った。

 「あの…どちら様です?」

 「おっと、こいつは失礼した。私は高杉晋作と申す者。今、桂を連れ戻す為に説得してる最中です」

 高杉晋作…またビッグネームの登場だ。薫はどうにも運が良いらしい。

 「私は浅野薫と申します。そしてこの人は…」

 「山南敬助。新撰組を脱走しております故、何卒事情のご理解を」

 山南は笑いながら語ると、桂は大笑いをした。

 「坂本龍馬に沖田総司、今度は新撰組を脱走した山南副長とは、君はどれ程楽しい人生を歩んでるんだい。共に歩く友人には苦労しないねぇ」

 大笑いする様を見た高杉も、釣られて苦笑いをしている。

 「今日は桂さんに頼みがあって来たんですが…」

 「分かってるよ。そんな訳ありなご友人を引き連れ、ただの散歩がてら来る筈は無いだろうからね」

 相変わらず笑っている。

 「桂よ、そんな事より自藩の事情も鑑みてくれないか? 浅野殿が新撰組らしからぬ男で、敵ではない事は重々分かっているが、例の事も…」

 「分かってるよ晋作。長州征伐の件は何とか考えてみる」

 長州征伐の言葉が出て、高杉は慌てて桂を制しようとするが、その手を振りほどいて

 「ああ、大丈夫。浅野君はそんな事で行動を変えるお人じゃないから。ね、浅野君」

 平然と薫の顔を見る桂。山南は、今目の前で繰り広げられる様を理解できず、目が泳いでいる。

 「そうだ、浅野君にも助言を頼もう…。きっととんでも無い事を思い付いてくれるさ」

 桂の申し出に、薫は動揺しながら答える。

 「いや、私が来たのは戦争の相談じゃ無く…」

 「君は僕に頼みがあるんだろう? こっちの条件を呑んでくれれば、その話しを聞こうじゃないか。大坂で見せた君の離れ業、もう一度頼むよ」

 「土佐勤王党残党を、薩摩預かりにさせた一件か。確かに面白くなりそうだ」

 横で聞いていた高杉も、再び顎を撫でながら薫を見て不敵に笑っている。


 そんな状況の中、ただ一人着いて行けない山南はただ茫然と立ち尽くしていた。

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