幕末への闇
酒屋から出て来た三人は、肩に傷を負った唐山を連れている。
「では、私は一応、屯所の近くまで送るけど、そこで失礼させて貰うよ」
桂はその後、単独で逃亡する為に、そこで別れる。
「はい…」
沖田はここで自分がした事が正しい事なのか、間違った事なのかの整理が出来ず、その表情を曇らせていた。その状況の中で、薫は不可解な空気を感じていた。
かつて包まれた事のある嫌悪感。夜の闇とはまた違う、黒い気配が背後に潜んでいる。
「沖田さんと桂殿は先に行ってて下さい。ちょっと調べたい事がありますので…」
そう言いながら、沖田達とは逆に歩いて行き、酒屋の陰の路地に曲がって行った。
「浅野君も、随分不思議な人だね。さ、沖田殿。屯所で別れるまでは味方だからね。斬り掛からないでくれよ」
桂は沖田を促し、脚を屯所に向けて動かした。
路地に入った薫の前は、闇が広がる。その奥からは更なる闇の匂いがする。どうやらこの先は小さな社があるようだが…。薫はまっすぐ闇に向かって歩いて行く。
社に入ると、狭い境内に火の灯っていない石灯籠が二台。その陰に誰かが立っていた。
「私に何か用ですか?」
薫がその男に向かって口を開くと、その男も口を開く。その声は、かつて聞いた声だった。
「流石じゃの…あの時と同じじゃ。ちっくと殺気を放っただけじゃいうのに、こうも見事に探しあてるとは」
石灯籠から姿を出したのは、土佐で見た男。
「お前…他の土佐勤王党と一緒に捕まったんじゃ…」
「阿呆。おまんのせいで、ワシは武市さんに捨てられたがよ。最も、裏じゃ結構人斬りをさせられちょったがの…。捨てられたお陰で、ワシ一人こうして彷徨っちょるがじゃ」
「…それで、俺に何の用だ」
「口調もあの時に戻っちょるの。用かや…おまんに用っちゅうたら、一個しか無いがじゃ」
その男はゆっくりと太刀を引き抜いた。
「以蔵の名を奪われ、武市先生も奪われ、ワシには何も残っちょらん。それに比べおまんはどうじゃ。人の名を語り、仲間も大勢、何もかんもワシから奪ったがじゃ。じゃから、今度はワシがおまんから全部奪っちゃる…」
岡田以蔵、その本人だった。
「俺は今、浅野薫として生きてる。名が欲しいなら好きなようにすれば良い」
「前にも言うたがやろ。今更名を与えられて、ワシの何が変わる言うがや」
闇の以蔵はそう言いながら切り掛かって来る。薫も即座に抜刀し、その刀を受け、鍔で刀を止める。
「名を語った事は謝る。しかし、その事はお前も承知したはず。
全てはお前たちの陰謀が元で、その身を危険に晒した事を忘れたか」
刀を合わせた状態で、二人は言葉を交わす。
「おまんは分かっちょらん…全てを失ぅた事が無いがじゃろ。そんなおまんに何が分かる言うがじゃ」
「逆恨みだ。全ては自身の野望から出た錆だ」
薫はそう叫び、闇以蔵の刀を弾き返した。
「刀を納めろ。お前に分が悪い。暫くすると様子を見に仲間が来るぞ」
「沖田総司に桂小五郎かや…おまんだけが何故表で生きて…」
そこまで言うと、薫の背後から桂の声がする。
「浅野君? 大丈夫か?」
その声に反応し、闇以蔵は後ろに下がりながら小声で言い放つ。
「忘れるな、ワシはおまんの闇じゃ。いつか、おまんの全てを呑み込むぜよ」
薫は納刀した。既に闇へと姿を消した人斬り。
「何か…あったのか?」
「いえ…昔馴染みが居たと思ったのですが…」
薫は闇を見つめている。
「君は昔馴染みと会う時は、刀を抜くのか? 今度私と会っても、抜かないでくれよ」
そう言って薫の肩を抱いて、沖田の元へと誘った。
「何があったかは聞かないが、生き急ぐ事はするな」
桂は薫の耳元で囁いた。
明るい街道には、沖田が唐山を連れて待っている。
龍馬が抜けた三人は大坂屯所に唐山を連れて行き、桂と別れた。
「この者は生かしておくように。後々、逃がした土佐の者の情報を聞きださねばなりません。局長達には私から報告するので、その男は牢に入れて温情を掛けてやって下さい」
沖田の精一杯の侘びだろう。この男の命を救うように谷隊長に厳命した。
大坂屯所では、流石沖田総司。一夜で残党を見付けだして捕縛したと称えたが、もちろん見つけ出したのは龍馬であり、捕縛も本来の目的では無かった。自己嫌悪に陥りつつも、京へ戻る事を急ぎ、今度は本来の道を辿り関所を潜った。
一月十五日。二人は京に戻り、土方に一名捕縛、他残党を捜索するも取り逃がす、という報告をした。
この数日後、唐山は獄中で自害する事になる。




