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維新の剣  作者: 才谷草太
同盟への歩み
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密約

 沖田・龍馬・薫の三人は暫く歩き、街外れに差し掛かっていた。この地区には身分の低い人々が生活をする場所。周りからは侍である三人に冷ややかな視線を向けていた。

 「龍さん、他に道は無いんですか?」

 視線の痛さに耐えられなくなり、薫が龍馬に聞くと、

 「この道が一番の近道じゃ。心配せんでもどこぞの組織みたいに斬り掛かっては来んがじゃき、安心したらエエ」

 そう言いながら沖田を見た。沖田も当然新撰組への皮肉だと分かり、

 「やたら滅多ら斬りかかるのは、勤王党を始め諸藩の過激派ですからね。気を付けないと」

 ツンとして言い放つ。

 「あちゃ、怒らせてしもうたかの。斬り合いの果てに見えるもんが分からんワシに取っては、どっちも同じように見えるがじゃ。許してくれ」

 高笑いをしながらまた沖田を笑う。

 「二人とも、もう良いでしょ。大坂は近いとはいえ、まだ後一日は共に歩くんですから…」

 薫は二人のやりとりを軽く流しながらも前に進む。その時、草むらから一人の薄汚い浪人が飛び出して来た。三人は即座に身構えた。

 本来の旅であれば、太刀を袋に入れて持ち歩くのだが、今回の旅は特別。勤王党の成敗に向かう途中なので、危険は常にある。その為に三人とも袋に入れずに帯刀していた。そしてこの三人は言わずと知れた剣豪揃い。一歩下がった時には、沖田と龍馬は既に抜刀を終えていた。

 「何奴! 名を名乗れ!」

 龍馬が怒鳴ると、飛び出してきた男は右腕を前に突き出した。

 「おい坂本君、私だ、桂だ!」

 薄汚い男は左腕で顔の汚れを拭き出した。そこに現れたのは額に三日月形の古傷を持った顔だった。

 「何じゃ、桂さんか。斬る所だったぜよ。何をしてるがか、こんな所で」

 「いやね、京を追い出されてこれから但馬にでも向かおうとしていた所さ。変装しなきゃやってらんなくてさ…聞いてるだろ? あの新撰組とかいう田舎侍が好き勝手京を練り歩いて…」

 そこまで言うと、桂の目が沖田に止まる。

 四人の間に、鳥の声も割って入らぬ沈黙が続く。その沈黙を破ったのは、桂だった。

 「貴様は沖田総司! よくもヌケヌケと!」

 薄汚い背中の荷物を放り投げ、太刀を取りだす桂。それに反応した沖田も口を開いた。

 「桂小五郎!長州の残党か!!」

 一触即発とはまさにこの事。政敵同士の二人が剣を抜いた。が、龍馬は桂の太刀を力技で下ろし、薫は沖田の背後から力技でねじ伏せて動きを殺した。

 「納めろ納めろ、今はそれ所じゃ無いき。大坂でひと暴れしに行くがじゃ」

 「ひと暴れ? 誰が暴れるなんて言ったんです?」

 「薫殿が沖田殿を連れて行くがじゃ。穏便な目的じゃ無いろう?」

 桂と沖田を抑えた上で、薫と龍馬は普通に話をしている。そんな状況を見た桂と沖田は観念し、

 「もう良いでしょ、分かりましたから離して下さい」

 そう言って解放を求め、互いに鞘に納めた。

 「どういう事だい?」

 大坂の勤王党残党の成敗に行く、という内容は分かったが、そこに龍馬が加わっている事が分からない桂。沖田は沖田で、粛清に行くのでは無いと言う薫の真意が分からない。無論、龍馬とて例外ではなく意味が分からず着いて行ってはいるのだが、薫の事だから何かしら、とんでもない事をするのだろう、と考えている。

 「土佐勤王党のしようとした事は、町民達をも巻き込む大惨事に成りかねない大罪。かと言ってここで問答無用で斬り殺しに行けば、新撰組は元より幕府に対する倒幕派の熱も上がってしまう」

 「そうなったら我等長州藩も黙っちゃいられないね」

 「そうじゃのお…戦が始まるかも知れんの」

 「望みじゃ無いでしょ。本来の目的は、新撰組も尊王派も、国を豊かに、独立した国家を目指す事ですよね?」

 「ああ、その通り! 故に我が長州藩が…」

 「長州一藩で何ができる! 幕府あっての長州であろう! 侍ならばそれらしく主君を…」

 「主君は将軍では無い! 幕府こそ好き放題にやった挙句に亜米利加にズケズケと神国の地を…」

 「こんまい、こんまい。長州じゃ幕府じゃ言うて、それが元で今混乱しちゅう事が分からんがか」

 龍馬は、薫の話しを止めた二人の言い合いを、笑いで掻き消した。

 「しかし、ここで桂さんに会うとは思うちょらなんだ。どうじゃ、一緒に大坂に行かんがか?」

 「何だと? 新撰組と一緒にか! できるか、そんな事! いつ斬られるか分からん!」

 「私もだ! 薩摩藩庇護の身とはいえ、坂本殿と一緒に居る事でさえ他に知れたら大事になる状況で、更に長州藩士でありその中心人物でもある桂と同行など…」

 捲し立てる沖田の口を薫は塞ぎ、眉間にシワを刻み込む。

 「薩摩…長州…? 確か…」

 「そうじゃ、桂さん所は薩摩藩と喧嘩しちゅうがぜよ」

 「うるさい、元はと言えば薩摩と会津が…」

 今度は反対の手で桂の口を塞いだ。両手でそれぞれの口を塞いだまま、薫は龍馬に聞いた。

 「龍さん…船の手配はできますよね?」

 「ああ、もちろんじゃ。薩摩藩名義の船で良けりゃナンボでも」

 「土佐勤王党の生き残りの方々を、薩摩に逃がして下さい」

 「何じゃと? まぁ…西郷さんに聞いてみんと分からんが、とにかく頼んでみるき」

 「で…桂さん、長州で何か足りない物はありますか?」

 桂に聞きながら、口を塞いだ手を除ける。

 「ぷは…我が藩に足りぬ物…武器だな。相手が幕府であれ薩摩であれ、武器が足りん」

 そこまで話すと、流石に龍馬は話しの筋が見えた。

 「薫殿、おんしゃあ凄いの! まっこと感激ぜよ、それなら行けそうじゃ!」

 薫はそこまで話すと何も言う事は無い、といった笑みを浮かべ、沖田の口も解放した。

 「ぷぅ…薫さん、一体何の話を…」

 「エエちゃ、沖田殿が知ってしもうたら沖田殿の立場がおかしゅうなるき」

 「企てであれば阻止します」

 「何、戦火を引き起こすような話じゃ無いき。逆じゃ」

 そう言うと龍馬は大笑いをした。どうも薫の出したヒントが面白くなったように見える。

 「こりゃあ何が何でも、桂さんを連れていかにゃイカンちゃ」

 龍馬はそう言いながら、桂の腕を掴んで引っ張りながら歩いて行った。

 桂は当然何も理解しておらず、龍馬と薫の顔を交互に見ながら、引きずられて行った。

 「薫さん…忘れないで下さい。我々は新撰組です。粛清をしなければならないのです」

 「沖田さん、平和の為に新撰組に居るのですか? それとも人を斬る為?」

 沖田は薫に聞かれて戸惑った。人を斬る事で平和に導く、そう信じて居たのは確か。また、自らの剣術で天然理心流を世に知らしめる、という野望があった事もまた事実。

 人を斬る事でこそ、その目的が達成されるのであれば、人を斬る事が望みなのか…? 人を斬らずに平和が成り立てば、自分は何をすれば良い?


 「剣に生き、剣に死ぬ。それこそ武士の本懐」

 「人を活かす武士は、武士では無いと?」

 薫は沖田に問いかけた。

 「龍さんは剣の腕も確かです。しかし、あの人は斬らずして平和を呼び込もうと考えています」

 沖田は、さっさと歩いて行く龍馬の背中を見つめながら答えた。

 「私は剣しか知りません。ですが、そんな方法があるのなら見てみたい気もします」

 「でもまぁ…剣を抜かずに、切り抜けられる状況でも無いでしょうね…大坂は…」

 「……新撰組の方は私に任せて下さい。龍馬殿と薫さんに任せてみましょう」


 背後で政治的密約が出来た。この密約は、今後薫が生きて行く上で非常に重要になって来るのだが、沖田は友人としてその約束は守り通した。そしてその頃、その前を歩く龍馬と桂も政治的密約を立てていた。


 「長州の米を? なんでやらにゃならんのだ!」

 「まぁまぁ、これは取引ぜよ。今の長州の立場から、武器を大っぴらに買う事はできんがじゃろ」

 「だから困ってるんだが…」

 「そこでじゃ、薩摩名義で武器を買うて、長州に横流しするがじゃ」

 「物々交換って訳か…。なるほど…」

 「薩摩は元々土壌が悪ぅて、作物が育たんがじゃ。毎年米には苦労しちゅうがよ」

 「しかし、長州が武器を持ち、誰かと戦うとなると…薩摩は敵では無くなるのか?」

 「もちろんじゃ。互いの利益の為の同盟じゃ。勿論幕府には内々での…」

 桂はしばらく考え込んでいる。

 「薩摩は幕府、長州は勤王。お互いが敵同士で手を組むのは…共通の敵が要るのではないか? 物だけで解決できる程、事は単純じゃ無い」

 「今、諸藩内部じゃ足りんもんが次々出て来ちゅうがやろ? それらぁを補い合う事で国力を高めるがじゃ。藩が潤えば、国が潤う。そうなれば外国との交渉も対等にできるろう」

 「だから…そもそも勤王・佐幕と思想の違いで、そりゃまとまらんぞ、坂本君」

 「そうかいのぉ…しっかし、薩摩と長州は交易ができるろう?」

 「私の一存じゃ何とも言えないが…武器か…」

 「武器だけじゃ無いがよ、長州・薩摩が仲良うなったら、長崎やらの港も使って、更に交易を広げるがじゃ。両藩には各藩の情報・武器が流れ込むがじゃ。今戦わにゃならんがは、諸外国ぜよ!」

 「なるほど、そういう考え方もあるか…。分かった、私が何とかしてみよう。坂本君は、薩摩の西郷殿を何とか…」

 「分かっちゅう。任しとき」


 こうして薩摩付き土佐藩士、長州藩士の密約が行われた。事の成り行きで桂も同行しているが、四人で大坂への策略を決行する事となった。

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