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維新の剣  作者: 才谷草太
京の狼
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龍と狼

 元治二年一月。薫達一番隊は見廻りの時、山南を連れて行く事にしていた。気晴らしも兼ねての事だが、沖田も山南の身が心配であった為、同行をお願いした。

 山南、沖田の二人は町人の女子供に大変な人気であり、見廻りの最中もよく子供達に声を掛けられていた。そんな光景を見ていると、世は泰平と思えてしまう程だった。


 しかし、その月の十日。大坂屯所より仕者が来る。


 「何? 大坂城占拠の陰謀だと!?」

 土方・伊東がその仕者より聞いた話は、恐ろしい内容だった。

 土佐で山内容堂に捕縛された土佐勤王党の残党が、大坂に潜入しており、大坂城占拠を企てていた、というのである。

 「先だって阻止に成功いたしましたが、潜伏先のぜんざい屋に討ち入った時には一人しかおらず、主犯格四名は逃亡、現在大坂に厳戒態勢を敷き捜索中でございます」

 「分かった、すぐに応援を向かわせる。浅野、浅野!!」

 すぐ目の前で剣術稽古をしていた一番隊に向かい、土方が声を掛ける。その声に反応し、薫が土方に近寄る。

 「事情は聞こえました。しかし一番隊を向かわせるのでしたら、沖田組長に…」

 「いや、一番隊は動かさぬ。浅野、お主が精鋭を選び大坂に出向け」

 その言葉に一番隊は動揺した。組長でも無く監察役の薫が、好きに選んだ隊士を引き連れ大坂に出向く、となれば、そこにあるかも知れないのは「陰謀・裏切り」である可能性が立つ。

 「副長、私がそのような動きをすれば…」

 「土佐勤王党の残党、と申したな。何処でその情報を掴んだのだ。もしその情報が正しくあったのであれば、何故敵は一名しか居らんのだ。情報の確実性を計るには、まずそこに何人潜んでいるかも調べるべき事。それを怠り残党に警戒心を与えてしまったのは、計略では無かったのか?」

 土方は大坂より駆け付けた仕者を睨みつける。

 「いえ、決してそのような事は…」

 慌てて反論するが、土方の指示により捕縛され、屋敷の奥に連れて行かれた。

 「副長、なにもそこまで警戒せずとも…」

 「浅野が案ずる事では無い。すぐに大坂に発つ準備と、隊士を選別せよ」

 「…では、応援として山南総長、沖田組長を」

 「総司に山南総長だと? それはならん」

 「では、私一人で参ります」

 「お主一人で何ができるか」

 土方は薫を蔑むように笑う。その顔を見た薫は、土方の立つ縁側に上がり、隣に立ち、小声で話す。

 「岡田以蔵を少々甘く見ているようですが、ここで正体を明かしても良いですよ。尊王攘夷を唱える隊士は、私と副長、どちらに着きましょう…」

 「貴様!」

 土方の顔が硬直し、薫を睨む。その表情を見た後、薫はクスリと笑い、

 「冗談ですよ、ですが私が岡田以蔵だという事をお忘れなく。単独と言って、やり遂げられない事変ではございません」

 薫は怪しく笑ってみせた。

 「策がある…と、言うのだな? 良いだろう。単独行動を許可しよう」

 土方は『岡田以蔵』の名を出された事により、伝説を味方に付けた気がしていたが、同時に薫の策士としての顔を知った。


 出立の準備を早々と済ませた後、土方と沖田に挨拶をする。

 「土佐勤王党の残党捜査に行って参ります」

 土方はその言葉に頷くだけだが、沖田は薫に歩み寄り話しかける。

 「薫さん、お気を付けて」

 「大丈夫です。『後』でお会いしましょう」

 そう言い残し、屯所を出た。


 「沖田、早々に支度し、後をつけろ」

 「え…? 薫さんの、ですか?」

 「良いから早く行け! 見失うぞ!」

 土方は、土佐勤王党の残党と『岡田以蔵』の接触を危険視した。

自らが言いだした事だが、出立前に見せた『岡田以蔵』の顔に危険を感じた。

 『あの時点で浅野の出立を取り消せば済んだのか…いや、奴が私に耳打ちした所を隊士達は見ている。取り消せば浅野に何かを言われ、判断を変えた事になる。言い成りにはならんぞ』

 武闘派の土方は、既に薫の策に呑まれていた。薫を危険視した土方は、必ず信用できる部下に尾行を命じる筈。あの状況では沖田総司以外には居ない。


 沖田は準備を簡単に整え、すぐに土方に挨拶に来た。

 「では土方さん、行って参ります」

 沖田は友人を尾行する事に、多少の戸惑いを持っていたが、土方からの命であれば仕方無し、と割り切って門を出た…が、そこに待っていたのは薫だった。

 「か…薫さん!?」

 「やぁ、遅かったじゃないですか」

 薫はにこやかに笑い、門から顔を覗かせて土方を見る。

 その状況に気付いた土方。

 「副長、沖田総司、浅野薫両名、只今より大坂に出立致します。ご厚意に感謝致します」


 土方はやられた!という表情をし、二人を見送った。

 「浅野め…私の警戒心を煽って沖田を仕向ける様に企てたか…策士気どりめ」

 ポツリとつぶやき、『岡田以蔵』に言い知れぬ恐怖を垣間見た。


 そして、薫は沖田以外にもう一人、連れて行こうとしていた。


 「薫さん?大坂はこちらですよ?」

 「いえ、先に寄る所がありますから…」

 そう言うと逆方向に進んだ。その先には薩摩藩邸がある。

 「御免! 拙者坂本龍馬殿の友人、浅野薫でござる!」

 そう叫ぶと中から門番が出て来た。

 「何のようでごわすか? 坂本殿は只今剣術稽古をして…」

 その言葉が終わる間もなく、その男は後ろに弾き飛ばされた。

 「おお、なんちゃ、新年のご挨拶かえ?」

 「龍さん、旅支度を。大坂にでもご一緒にいかがです?」

 薫は何食わぬ顔で龍馬を誘った。驚いたのはもちろん沖田だ。

 「薫さん! 龍馬殿は土佐の…」

 驚くのも無理は無い。土佐勤王党の残党を斬りに向かうのに、土佐の者を随行させるなどとは全く意味が分からない。

 「沖田殿。龍さんは大坂・神戸には詳しい。案内して貰いましょう」

 「しかし…これは旅行じゃ無いんですよ?」

 「もちろん。ただの旅行なら、わざわざ龍さんを誘いませんよ」

 「何じゃ、旅行じゃ誘わんち…薫さんは冷たいのお」

 龍馬はそう笑ったが、言葉の裏に何かあると察し、すぐに準備をすると奥に入って行った。

 「薫さん…何を考えてるんですか」

 「ん…まあ、ここなら聞かれる事も無いでしょう。龍馬さんなら土佐勤王党の潜伏していそうな場所が分かると思いまして…」

 「分かっても粛清に協力はしませんよ、同郷の者ですから!」

 「ああ、私も粛清をしに行く訳ではありません。最も、斬り掛かられれば応戦はしますが」

 「土方さんの命令に背くのですね?」

 「いえ、局中法度に従うのです。武士道に背く訳にはいきませんからね」

 「…知りませんよ、どうなっても。私は斬りますからね」

 「背中から斬る事を良しとするなら、どうぞ」

 沖田は答えに詰まった。こうまで言われれば、背後から斬る訳にはいかない。

 反論の言葉を全て奪われ、遂に肩を落とした沖田に、龍馬が声を掛ける。

 「まぁ、内容は何となく聞こえたき。つまるところ、双方丸く収まればエエがやね」

 「そういう事です。流石龍さん」

 薫と龍馬は笑って沖田の顔を見る。

 「なるほど…お二人はそれが目当てでしたか…」


 斬り合う事無く、双方を生かす。その思想を現実にする為に、沖田・龍馬・薫という歴史上には在り得なかったチームが完成する。

 しかし、これも歴史の誤差の範疇なのか、薫はまだ刻の流れから外れない。

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