伊東甲子太郎

　土方・山南両名との密談が終わり、薫は先に一人で部屋を後にしていた。

　どうにも腑に落ちない所を、沖田に確認するために庭へと向かう。

伊東大蔵という男の監視役を任されはしたが、そもそも監視なんてした事が無い。男に張り付く趣味も無いし、取り敢えずそれなりに動いておけば、歴史が何とか動くだろう…という感覚でいた。

　「沖田さん」

　庭で一番隊に剣術指南をしている沖田に、薫が声を掛ける。

　「薫さん、お話は終わったんですか？　何やら表情が冴えませんが…」

　薫は、新撰組と尊王攘夷の件について聞いてみた。とにかくそこをクリアーにしておかなければ、後々の判断が出来兼ねないように思えたのだ。

　「ああ、その件ですか…少々複雑ですが…」

　そう前置きをして竹刀を置いた。沖田はそのまま縁側に腰を下ろし、薫に新撰組の成り立ちと、思想について説明をした。

　「随分と複雑なのですね。まるでこの時代を象徴するかのような…」

　「複雑ですが、我々がする事は一つです。京の町を混乱から救う、ただこれのみです」

　「混乱から…ですか」

　その新撰組と志士達の騒動が混乱を招いている、しかも新撰組内部も混乱して来る…などとは思っていないのだろうかと薫は感じていたが、この時もこれからも、沖田はただ、近藤・土方に付いて行くという事だけを決意していた。

　二人は会話の後、暫く一番隊と共に剣術稽古を行っていた。

　日も暮れかかった時、近藤・藤堂が江戸から戻って来た。そして二人に続き、門から一人の男が入って来た。

　男は容姿端麗で育ちが良く見え、堂々と門から入って来る。一番隊の稽古を横目に見ながら、沖田に声を掛けて来た。

　「拙者、伊東大蔵と申す。いや、甲子太郎と名を変えたばかりだったか…」

　この男こそ、伊東甲子太郎。後に新撰組を裏切り離脱する男。

　『伊東大蔵とは伊東甲子太郎の事だったのか』

　薫の頭に、不信感が沸き起こった。

　『これで新撰組の役者が揃った訳か…最も、一番隊と首脳陣以外は、別邸を屯所にしているからあまり面識は無いが…。さて、これからどうする？』

　監視を頼まれはしたが、自分が関わると歴史が変わってしまう可能性が大きい為、敢えて伊東甲子太郎を無視してみるのも良いな、と思っていた薫は、伊東に向かって一礼を済ませ、我関せずを貫き通した。

　「薫さん、伊東殿はお気に召しませんでしたか？」

　近藤達が奥に入った事を確認した後、沖田が薫に聞く。もちろんその口元はニヤリと笑っていた。

　「全く…答えは分かっている時の顔ですよ、沖田さん」

　「あはは、私も薫さんと同じ気持なので、ちょっと嬉しくてね」

　「まあ、私には関わり合いが無い事ですけどね」

　薫はそう答えた。が…後に伊東が加盟した事により、薫自身が新撰組の大きな鍵となってしまうのだった。