それぞれの歩み
沖田と薫が稽古を終わらせた頃、寺田屋では龍馬と新之助、勝が昼を前に話しこんでいる。
「新之助さん、私は一旦江戸に戻りますが、あなたはここで怪我が治るまで静養をしていて下さい」
勝に言われた新之助は、まだ布団に巻かれていた。新撰組に手痛くやられた体は、刀傷はもちろん、打撲等も生々しく残っていた。
『思い切り斬ってくれれば、刻を超えて逃げられるのに…』
そう思いながらも、未だ刻から抜け出せない事に諦めを現し、微かに出る声で答えた。
「拙者は大丈夫です。龍馬殿の計らいで、お登勢さんに面倒を見て貰う事になりましたし…何よりこの状態では、先生にご迷惑をお掛けしてしまいます」
「そらそうじゃの、まともに歩きもできん者を抱えて江戸に向こうたら、どっちが護衛しちょるか分からんぜよ」
龍馬は大笑いしながら新之助のオデコをペシペシと叩いた。
「うんうん。じゃ二人とも、暫く分かれるが元気で。新之助さんは元気でもないがね」
勝はにこやかに言いながら、寺田屋を後にし、江戸へと向かって旅立った。
「以蔵さんは、新撰組として生きて行くのでしょうか…。随分血生臭い、修羅の様な集団だと聞きますが、この先、龍馬殿と対峙するなんて事は…」
新之助が先を案じて口にするが、龍馬は一笑する。
「ワシと以蔵殿が対峙した時に、ワシが斬られるならそれでエエちゃ。歴史がそれを望むがやろ。そんな事は、ワシよりお主らぁの方が分かっちょるじゃろ?」
「そうですが…友人として刃を合わせる不条理を感じませんか?」
「不条理かや…友人として、ワシは以蔵殿を信じちょる。無駄な斬り合いは無いがぜよ。斬り合う時は、歴史が必要と判断した時ぜよ」
龍馬の口元は笑っているが、目には笑みが無く、暑く、青い空を見つめている。
暑く、青い空を見上げながら、薫と沖田は重い体を起こす。
「この短い瞬間での稽古なのに、私の体は悲鳴を上げていますよ」
沖田は体中の筋肉が張っており、擦りながら笑う。薫も同じく筋肉を擦りながら沖田に微笑み
「強敵を前に、毎回それでは二人を相手にはできませんね」
「薫さんみたいな人、二人も居ませんよ」
そのやり取りに、土方が口を挟む。
「沖田、自分と同格…あるいはそれ以上の人間が存在していた事を、知っていたか?」
その言葉に、沖田と薫はしばらく考え込む。沖田、薫の二人と同格の剣士が、どちらの側かに付き、自分がその敵になった場合は、命は無い…その事を考えていた。
「そうですね…私は土方さんの敵にならないようにしないといけない、と言う事ですかね」
沖田は土方を見て、楽しそうに笑った。
その可能性が高いのは、むしろ薫の方だった。いや、土方と沖田、というよりも、新撰組自体を敵に回す可能性を残している、と言うべきか。
「では、私は見廻りに行きます」
沖田は着物に着いた土を払い、羽織を纏い帯刀する。それを真似る様に薫も羽織の土を払い、帯刀する。
「沖田さん、私もご一緒させて頂きます」
「監察として、ですか? 一番隊としてですか?」
沖田は怪しげに笑っている。
「新撰組として、友人として」
薫はクイっと顎を上げ、胸を張って答える。
「お前達、お勤めだと言う事を忘れるなよ」
二人のやりとりを見ていた土方が、呆れた表情で釘を刺す。
「はい」
二人は土方に一礼をし、背中を向ける。
「一番隊、着衣を正せ! 今より見廻りに参る!」
沖田はへたばる隊士を一喝。これに反応して、20名足らずの隊士は立ち上がり、着物を直し、帯刀を始める。この統率感は流石である。素早く整列し、沖田の後ろに並ぶと、ゆっくりと屯所の門が
開く。
新撰組独特の羽織・鉢巻を付けているのは沖田と薫の二名のみだが、その後に続く隊士も威風堂々としており、その二番手に立つ薫の後ろに引きつれている。爽快という言葉がこれほど心に染みるものかと思いながら、屯所を後に京の町へと出て行く。
しばらく京の町を歩いている間に、その視線の数は増えていた。まるでパレードでもしているかの様な感覚が、薫にはどこかくすぐったい感じはあったが、その足が向かう先に、顔馴染みが歩いて居た事に気付く。
「勝先生」
「おぉ、…いや、御苦労さま」
以蔵という言葉をグッと堪え、誤魔化した男は勝海舟だった。
「あ…浅野薫です」
名を偽った事を自然に伝え、それを理解した勝は話しを続けた。
「浅野殿、御苦労さま。私は新しくお願いした警護の方の世話になりながら、江戸へと戻ります。後の事は友人に託してますので、御心配無く」
勝はにこやかに話しかけるが、視線を沖田に移し、
「沖田殿…ですね? お噂は聞いてますよ。くれぐれも、私の友人を宜しくお願い致します」
友人、とは当然薫を含むが、龍馬と新之助も入っている。沖田自身も両者に面識はある為、その事を察した。
「勝殿、ここに居る浅野殿は新撰組には不可欠な人物ですが、私には無二の友人でもあります」
そう言うと一礼した。
薫は未だ不思議で仕方無かった。新撰組の仲間であり、上役でもあった安藤を斬り、末端ではあったが浪士を斬り捨てた自分を仲間だと、友人だと言う沖田という男が。
勝海舟は、護衛2名、共の者2名を連れ、一番隊の元を通り過ぎる。
それを見送り、薫は沖田に聞く。
「沖田さん、私は仲間を斬った男ですよ? 友人だと言って良いんですか?」
「薫さんは自らの立場に則り、行動をしたまでです。武士として当然の事をし、そしてその責任を果たそうとしました。私達はそれを受け入れた。その上で、あなたという男を見たんです。武士道とは、許す事、認める事も重要だと感じますが? それに…」
「それに?」
「…いえ、その先は、またいずれ」
沖田は笑いながらまた歩き出した。
底が知れない沖田に、若干の困惑を抱きながら、沖田の後に続き京の町へと溶け込んでいった。




