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維新の剣  作者: 才谷草太
武士道
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新撰組、箱舘にて復活

 宮古湾に於いて敗戦した幕府軍は、そのまま箱舘へと引き返す。

 途中、機関を損傷していた蟠竜と合流するが、高雄は機関の修理が間に合わず、回天・蟠竜との距離が開いて行く。

 三月二十六日、箱舘港に無事帰還したのは、回天と蟠竜の二隻のみだった。

 機関を破損し、速力の出ない高雄は途中、追撃に出て来た甲鉄と春日によって拿捕、乗組員は総員投降した。そして、高雄に火を放ち敵に渡る事を防いだ。



 「高雄までも失い、甲鉄破壊も失敗…制海権は失ったと見て良いだろう」

 冷静に榎本は判断を下した。そして軍艦の壁すら失った幕府軍は、統率力を考え陸上戦へと持ち込む事を選ばざるを得なくなった。

 「最早これまでか…」

 箱舘五稜郭で、首脳陣は半ば諦めかけていた。


 「何がここまで…でしょう」

 その空気を打ち破る、平然とした男が口を挟む。

 「制海権を失い、新政府軍はこの勢いのまま箱舘へと乗り込んで来る…。我等に勝ち目は無い」

 「これは驚きましたね、皆は勝つおつもりで居たとは」

 その言葉に、その場に居た誰もが怒りを露わにした。

 「戦は勝たなければ意味が無い!これまで犠牲となった同胞達の魂の為にも!」

 「それでは新政府軍と同じです。勝つ為に人を斬り、人を殺め、骸の頂点へと駆け昇る」

 「人斬り集団に言われたく無いわ!」


 その発言をした副総裁・松平太郎の言葉の後、沈黙が広がる。


 「だから、幕府は志士達により崩壊させられた…」

 土方の言葉には、重みがあった。

 「何を守る為の戦いか…。それが我が地位への執着か、この先を想っての義か」


 「我等が地位を守る為に戦っていたと言いたいのか?」

 「幕府が腐敗していたのは事実。それから目を逸らし続け、国を傾けていた事も事実。倒幕の奴らはそれらから目を逸らさず、国を想い戦いぬいた」


 広く、まだ肌寒い軍議の場は更に冷たく静まり返った。


 「我等はどう足掻いても幕府軍。その責任は取らねばなりません…」

 「腹を切れと言うのか、土方!」

 「安易…、腹を斬るというのは逃げの美化です。戦を前にし、自らの思想が砕ける事を怖れ、美徳にすがる事が切腹と言う士道を軽視させている」

 「ならば、お主はこの戦に、何を求めてここに居るのだ!」


 土方には、様々な男からの設問が投げかけられるが、その全てに、真正面から答える。


 「奴らは士道を棄てる。侍と言う存在を消し、規範を別に求め、西洋化して行く。国の価値観は変わり正義と悪が入れ換わる…我々がほんの数年前まで疑いもしなかった事が、今は悪と成り果てたように…」

 十人、そこに居た全員が言葉を失った。止める事も、変える事もできない時の流れに置き捨てられた感情を抱き、過去の遺物としての存在になって行く自らの思想・立場を噛みしめていた。


 「総員にお聞きする。我等は何者だ。何の為に戦っている。この国に何を求めるか」

 土方の問い掛けに、松平副総裁がゆっくりと口を開く。

 「我等は武士…、そう武士だ。この国を守り、敬い、作り上げて来た武士ぞ!」

 その言葉に次いで、海軍奉行の荒井が声を上げる。

 「この国の民に聞かせるのだ…。武士が魂を掲げ生き抜いた雄叫びを!」

 そして、遂に榎本が声を張る。

 「我等、武士として最後の戦に撃って出る! この北の大地に侍が生きた証を打ち立て、万人が訪れた時、我等の魂を注ぎ込むその時の為に!!」


 軍議の冷え切った部屋は、突如高温を発し、一斉に雄叫びが上がった。その中で、更に榎本が続ける。


 「だが忘れるな! 死こそが武士道では無い! 生き抜き、語り継ぎ、子子孫孫その魂を残す事を忘れるな! 我等は死にに行くのでは無い! 武士道を残す為、後の世の子孫の為に戦うのだ!」




 降伏も選択せよ、生き抜き、それを恥と思わずその戦いを未来に伝えよ、と言う榎本に、雄叫びを上げる武士たちは、涙を流しながら叫び続けた。


 この時…土方はある想いを抱いていた。そう、自らの原点。そこに帰らねば、残せる物は無い。




 軍議が終わり、皆持ち場に戻った後、その熱き魂を部下に伝え、箱舘戦線の準備へとかかった。

 無論、土方とて同じだった。そして、その脇には以蔵も居た。

 陸軍は軍議と同じように熱気が入り、魂の鼓動が感じられる程に叫ぶ。この日、五稜郭全体が武士の雄叫びで震えていた…。


 春になった五稜郭に、士気が上がった侍が走り回る。


 「何だ、岡田、その荷物は…」

 「貴方にはこれが必要と思いまして、あのアイヌ達に作って頂きました。人数分、あります」

 以蔵はそう言うと、大きな箱の蓋を開けた。

 中を見た土方は、ニヤリと笑い、以蔵の肩を叩く。

 「不思議な男だ…。すまない、新撰組を集めてくれ」

 「もう既に、裏に百五十名が」

 「…分かった。行こう」


 僅かの会話に、以蔵への感謝がこめられていた。以蔵は箱を引き摺り、本陣の裏に行く。土方も続き、裏へと回ると…懐かしい面々が軍服に身を包み、待っている。


 「妙だな…、こうして向かい会うのが懐かしく感じられる…」

 柄にも無く、懐かしそうに笑みを浮かべる土方。そしてそれを見た以蔵も、口元を緩めた。


 「待たせたな、新撰組諸君…」

 彼らの前に立った土方は、堂々と立つ。すると、新撰組は一斉に正座をし、腰に下げたサーベルを右側に置く。武士の所作…、百五十人が乱れなく、堂々と地面に座する。

 「帰って来たか…ここに」

 ポツリと呟く土方に、以蔵は無言で箱の蓋を取って横に置く。


 「場所は箱舘、我等の名は五稜郭の守備に着く!」

 そう言うと、以蔵の持って来た箱から、布を取り出す。


 「誠の元へ!!」


 土方が手にしていたのは、新撰組の隊旗…誠の旗だった。

 新撰組一同は否が応でも血流が早まる。そして更に、以蔵は箱から取り出す。


 「全隊士に告ぐ! 武器が銃に変わろうとも、新撰組である事、武士である事を忘れるな! これより新撰組を立て直し、最後の戦場へと舞い降りる!!」


 以蔵の掲げた物、それは結成当初に僅かの期間着用していた、『誠』の羽織だった。

 思えばこれを脱ぎ捨てた時から、何もかもが崩れて行った時代。今、再び新撰組に『誠』を背負わせ、国の為に戦う事を命じた。




 「箱舘新撰組!これより命を与える!」

 絆が、再び。

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