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維新の剣  作者: 才谷草太
武士道
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奇襲の海戦

 新政府軍甲鉄、宮古湾鍬ケ崎港に入港…。

 この報せが入ったのは、蟠竜を待つ鮫村沖で停泊していた時だった。

 幕府軍は焦った。蟠竜の修理を待っていれば宮古湾から甲鉄が出港してしまう…。航行中の船に接舷し攻撃となれば、その被害も当然増える。

 このまま蟠竜を待ち、航行中の甲鉄に強襲をかけるか、このまま二隻で宮古湾に乗りこむか…。

 幸か不幸か、回天の特徴である三本マストは嵐の影響で一本が折れ、二本マストになっていた。


 荒井はこの状況を好機と捉えた。

 「天が敵に回るなら、我等は鬼と成らねばなるまい…。蟠竜との合流を諦め、高雄・回天の二隻で宮古湾へと向かう!」


 強襲へと。

 作戦は急遽変更され、回天が甲鉄を取り巻く戦艦を強襲し、高雄が甲鉄に接舷。周囲軍艦が沈黙した後、速やかに回天も甲鉄へと寄せ、左右から陸軍を送り込む。

 小回りの利かない回天が援護に回るという作戦。二隻しか無い以上、残る手は無い。


 作戦は二十五日早朝、夜明け前に行われた。


 陽が昇っては奇襲が困難になる。


 アメリカの国旗を掲げ、二本マストの船が近寄る様に装うには最も適した時間帯だった。



 新政府軍は、幕府軍を甘く見ていた。

 船籍不明の船が宮古湾沖に出現した、という情報が入っていたにも関わらず、甲鉄は機関に火を入れず、戦闘態勢を取っていたのは東郷率いる砲術兵のみだった。

 が、もう一隻…新政府の中で唯一臨戦態勢を取っていた軍艦があった。薩摩藩・黒田清隆率いる『春日』だった。彼もまた、幕軍を軽視する上層部への不満を抱き、独自に臨戦態勢を取っていた。


 早朝…、まだ日も昇らぬ時、アメリカの船が新政府艦隊に近付く。

 『春日』は総員、疑いの目を向けつつも、まだ薄暗い空の元で判断に苦しんでいた。



 …アメリカの国旗が降ろされる…それとすれ違う様に、日章旗が昇る。奇襲だ!…

 それにいち早く気付いた黒田は、砲術士に空砲を撃たせた。


 静かな海に、轟音が鳴り響く。

 『甲鉄』で待機中の東郷は焦った。甘く見た訳ではないが、よもやこういう形で奇襲されるとは…。


 が、『高雄』が見えない。遥か後方で援護に回っている…。


 『高雄』の機関トラブルだった。

 宮古湾に向かう途中、嵐の影響で浸水した機関が、遂に悲鳴を上げたのだった。だが航行可能と判断した彼等は、回天で甲鉄への強襲へと作戦変更をし、強行した。


 『回天』艦長の甲賀源吾は必死に舵を操る。が、元々小回りが利かない外輪船の『回天』に、接舷は向いていなかった。

 『甲鉄』新政府軍が甲板で上げる悲鳴と共に、『回天』の船首が横っ腹に突っ込む。

 先程の『春日』の空砲音が霞むほどの轟音が、静かに緊張したこの海に鳴り響く…。戦争の始まりだった。

 新政府軍は動揺し、幕府軍は高揚し、士気の高さが完全に逆転した。…ただ『甲鉄』砲術士達を除いて、だ。



 「突撃ぃい!」

 幕府海軍奉行、荒井は声を張る。

 が、土方と以蔵はその状況が明らかに不利と認識していた…。『回天』船首から、陸軍・海軍が次々に敵戦に乗りこむが、細い船首からの突入で二列での進軍となっている。これでは勢いが殺され、敵戦に乗りこむ度に的になる…。


 「撃て!」

 『甲鉄』甲板から東郷が叫び、ガトリング砲が火を吹く。

 先に乗り込んだ幕軍はそのまま『甲鉄』甲板で戦いを繰り広げるが、ガトリング砲を浴びた後続は悲鳴を上げながら砕かれて行く。

 「行くぞ、岡田!」

 「ええ、分かってます」

 土方と以蔵も、飛来する光を避けながら、時によっては仲間の死体を盾にしながら敵船に向かい走る。船首に着くと、敵船は遥か下にあった。乗り上げた速度が速すぎたのだろう。完全に乗り上げてしまっていた。

 以蔵は船首にあった縄を下に投げ、それを掴み飛び降りる。それを見た土方も同様に。

 鬼神と修羅が『甲鉄』甲板上の戦地へと到着した。


 土方は刀を抜き、一気に駆け抜けながら敵を斬り、機関室への入り口を探す。

 以蔵は土方とは別の方向へと走り、敵を避けながらガトリング砲へと向かう。悲鳴と、砲撃音とが鳴り響き、以蔵の耳には全てが叫びに聞こえていた。


 土方は、一人の男の前で立ち止まる。

 「おまはんが…土方殿でおますか」

 「誰だ…。お前と会った事は無いと思うが…?」

 「おいは東郷平八郎と申す。甲鉄・砲撃士官をやっとります」

 「東郷…聞いた名前だが、済まない。そこを通して貰う訳にはいかんか?」

 その会話の直後、鳴り続けていたガトリングの音が消えた。

 「どうやら修羅が止めたようだな。甲鉄がお前達の手にある限り、我等は戦わなくてはならん」

 「言うとる意味が分かりもはん…。戦をせん為に、甲鉄ば奪うと言い申すか」

 「奪うのでは無い。沈めるのだ」


 ガトリング砲の砲術士を斬った以蔵は、そのまま納刀し、再び走り出す。土方を助ける為に…。仮にその場でガトリング砲を奪い、敵をせん滅していたならば、流れが大きく変わっていたに違いないが、これだけの軍艦に、ガトリング砲が1門しか無い筈がない。足を止めるのは死に直結する。


 土方の背中を、船の中央付近で見つけた時、再びガトリング砲が鳴り始める。今度は四方から…。


 「やっぱり、あれ1門って訳じゃ無かったか…」

 ホッとしたような、絶望した様な、複雑な感覚を抱いた以蔵は、土方の背後に背中を付けて言う。

 「引き上げ時です。ガトリングが少なくとも4門は出ています。これ以上は退路すら絶たれてしまいます」

 「修羅・岡田以蔵だ。覚えておけ…、侍が生き抜く為に、我等は鬼となり修羅となる。東郷…お前達の進む先に、武士道はあるのか?」

 土方はそう言うと、背中を向けてその場から離脱する。

 『東郷…? どこかで聞いた名前だ…』

 以蔵はそう思いながらも、その場から去り、土方の背を追いかけた。


 「武士道か…。おいどんは腹に括っており申すが、他は腐っておるかもの…」

 東郷は、その二人の武士に敬意を表し、手にしていた銃で背中を狙う事は無かった。

 「少数での奇襲とは、意外…。じゃどん、意外こそ起死回生の秘策」

 そう言いながら、船内へと消えた。




 『回天』艦長、甲賀は甲板でその様を見ていた。ライフルで狙撃しつつ、指揮を執っていたが、その状況の悪さから撤退も考え始めていた。

 その時、ガトリングが右腕に命中。その威力は強力で、右腕が吹き飛んだ。

 更に胸を掠め取られ、それでも尚、指揮を執っていた。

 「撤退しろ! 総員船に戻れ!!」

 彼の命令は、それに徹していた。ガトリングが何門も出て来た時に、勝利は無いと判断したのだった。

 悲痛な撤退命令を出すが、陸軍は敵地にて命果てるまで戦う事を決めていた。

 土方も、撤退をしながら叫ぶ。

 「死を求めるな! 生きる武士道を選べ、無駄に散るなぁあ!」

 だが、彼らの魂には届かない。この戦に敗れれば箱舘に攻め込まれ、武士の時代が終わる事を予見していたのだった。


 土方は涙を流しながら走る。


 その様を上から見ていた甲賀は、頭を半分、失っていた。

 大量の血が溢れだしながらも、残った目から涙を流し、立っていた。



 海軍奉行・荒井は舵を取り、『回天』を後退させ始める。

 金属が軋み音を上げながら、徐々に離れて行く。


 船首から垂れる綱が『甲鉄』から離れる瞬間、土方が飛び付き上に少し上がり、手を以蔵に向ける。

 以蔵がその場に着いた時、綱は既に甲板には無かった。



 以蔵は走力を一気に上げ、『甲鉄』甲板から飛ぶ。



 土方の指先に触れるが、掴む事はできず、そのまま落下する。が、綱の端に間一髪でしがみついた。




 「発砲やめ!」

 甲板に戻っていた東郷は、二人への発砲を止めた。


 「勇気ある突撃に、勇気ある撤退。雷神の如き武士達に今暫くの猶予を与えよ!!」

 そう叫び、甲板から綱に下がりこちらを見る鬼と修羅を眺め、敬礼をした。



 幕府軍の完敗。だが、その戦に於いて、武士である証を堂々と証明した。

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