表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
維新の剣  作者: 才谷草太
武士道
121/140

蝦夷地支配へ

 十月に入り、幕軍は箱舘に近付いていた。

 途中、宮古湾(現在の山形)に停泊し、土方達は新政府に対して「嘆願書」を提出。この嘆願書には『旧幕臣の保護』を旨とする内容が記されており、土方の本心でもあった。


 『時代の流れの為に、正義が悪へと置換され、義を以って賊軍と呼ばれてしまった者達の保護』

を訴えていた。そこには『不戦』を訴える想いも含まれていた。


 十月下旬。艦隊は箱舘港に入港を試みるが、そこには諸外国船が停泊していた為に接岸を諦め、箱舘の北にある鷲の木へと向かう。


 この事から、幕軍は余計な戦闘を望まず、犠牲をこれ以上増やさないようにと考えていた事が分かる。

 その理想を実現するように、箱舘上陸後の彼等も動きを見せる。


 十月二十一日。上陸した幕府軍は、大鳥圭介・土方歳三を隊長とし、二手に分かれて箱舘府を目指し進軍。しかし途中で野営を行い、大鳥隊から使者として人見勝太郎を筆頭に三十名を府知事に向かわせる。

 内容は『不戦の元、降伏・協力』を求める内容だったが、箱舘府知事・清水谷公考はこれを拒否。更にその使者に攻撃を加える。




 「不戦の訴えを持つ使者に攻撃を加えるのか…。新政府、最早武士にあらず」

 激怒した大鳥は、この使者隊と大野村で合流し、大野・七飯村にて攻撃を加えて来た新政府軍と交戦。撃破する。


 更に二十四日、その連絡を受けた土方も同様に進軍を開始。川汲峠にて箱舘府軍との戦闘に入り打破。その戦闘はこれまでとは違い、旧幕軍の圧倒的勝利となった。のだが…。

 「人の犠牲の元で、まだ我々は立たなくてはいけないのか」

 と、従軍していた以蔵に溢した。圧倒的戦果を上げた軍隊の隊長とは思えぬほど、その表情は悔いに満ちていた。


 「それでも我々は闘わなくてはなりません」


 その以蔵の言葉に、土方は言う。


 「無論、戦う理由はある。だが、それを避ける事を我々は避けている」


 我々、とは幕軍だけを指している言葉では無い事は、以蔵にも分かる。腐敗した武士の社会を不要とする側。腐敗した武士を立て直そうとする側。

 共にこの国を思い、立ちはだかるのだが、その根底にある物が両極であるが故に、交わる事ができない両者。

 それでも尚、土方・大鳥はその進軍速度を抑え、徐々に箱舘府へと向かう。


 幕軍の進軍途中、箱舘府はその中枢となる五稜郭本陣を諦め逃走。箱舘を納めていたのは、奥羽越列藩同盟に参加しておきながら、新政府に寝返っていた弘前藩。

 幕軍の感情から言えば、討って果たしたい裏切り者である。しかし、それすら逃走の時間を作った事で、彼らの真意が手に取る様に分かる。が…この容赦が後に大きな深手を負う事になる。



 幕軍は二十六日、遂に無血での五稜郭入城を果たす。僅か五日という短期間での占領。

 更に翌日には、唯一蝦夷地を本拠としていた弘前城に使者を派遣。降伏を促すが、弘前は同じくこれを拒否し、使者を殺してしまう。

 二度に渡る使者への攻撃・更には殺害という動きに土方は激怒。徹底抗戦を決意した。


 「松前城を総攻撃する」


 元は同じく奥羽越列藩同盟を組織していた藩でありながら新政府に寝返り、更には交渉の為の使者を殺害したとなれば、そこには武士道など存在せず、最早躊躇する義理も無い。


 使者を送った翌日の二十七日、土方歳三自らを総督として額兵隊・衝鋒隊を引き連れての進軍。無論、以蔵も土方の護衛として随行する。進軍途中の十一月一日に弘前城からの奇襲を受けるが、土方軍は七百名の軍隊で撃破。五日には弘前城に達した。更に土方は榎本にある秘策を伝えていた。

 その秘策とは、榎本が軍艦に乗り、海上より陸軍を援護砲撃を繰り出し弘前城を攻撃する事。


 旧式軍隊しか持たない弘前城は、土方率いる最新歩兵軍と海上からの砲撃により、わずか数時間で陥落。弘前兵は江差方面へと逃亡をした。




 十一月十日、夜…弘前城天守にて、土方・以蔵・榎本・額兵隊長の星恂太郎が冬空を見上げる。


 「迎撃はもう良いだろう」

 榎本が口にした。しかしこれに納得ができないのが、額兵隊長の星だった。

 「仲間が使者として向かい、そいつを斬れる奴ですぞ…。武士として許す訳には参りませぬ」

 眉間にシワを刻み、厳しい顔で榎本を見る。そして、土方に問う。

 「土方殿は、武士を守る為に戦っているとお聞きしました。今ここで彼等を許せば、我等がここに居る理由が無くなります!」

 その言葉に土方は困惑していた。


 そんな土方と榎本を見て、以蔵が口を挟む。


 「迎撃の必要は無いと思いますよ…?」


 その言葉に三名は言葉を無くす。


 「聞く処によると、江差は海に面した地域…。海軍を擁した我々を相手取るに、海を背にして戦はできません」

 「降伏する…と読むのか、お主は」

 「いえ、恐らく差江からそのまま逃走するでしょう。その為にわざわざ海に面した差江を選んだのでしょう…」


 そこまで聞くと、土方も一瞬安堵の表情を浮かべる。


 「星、差江へ向かってくれ」

 その言葉は意外だった。

 「迎撃に撃って出るのですね!? 逃げる前に!」

 「いや、恐らく今から追手を向けても弘前兵は海へと逃亡しているだろう…しかし、時間稼ぎの為に道中に兵を隠している可能性もあるが、残兵力からして少数のはず。だが捨て置けば今後の新政府の内通を許すやも知れん。残兵を討ち、差江を占拠する」


 「戻る場所を奪い、抑える…という事ですね」

 「そうなるな…」

 「ならば艦隊を分け、差江沿岸に軍艦を一隻…開陽を向けよう」

 榎本が海上の封鎖の為に、その道を選んだ。


 星は意気揚々と天守を後にした。弘前への使者は、額兵隊士だった。星はその仇討が少しは果たせると、武士としての心意気を前面に出していた。



 天守に残る土方は、誰に対してでも無く言う。

 「恨みが恨みを呼び、戦が繰り返される…。止める手立ては最早無いのか」

 それに対し、榎本は空を見上げて言う。

 「武士道を武士として重んじようとする我等と、武士を根絶やしにしようとする新政府。交わる事など無い」


 以蔵には分かっている。武士を蔑にしているのが新政府では無く、互いの「義」が違う事で交われない事を。



 この日、もう一つの遺恨が五稜郭を出立していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ