仙台軍議
「聞いているとは思うが…土方、会津は降伏した」
榎本が椅子に座る土方に向かい、言葉を発する。
「ええ、聞いています。残存兵力がこちらに向かっているとも…」
九月下旬の事だった。
会津戦争は降伏と言う形で終わった。
この時点で、会津藩お抱えの新撰組も役目は終える筈なのだが、事態がそれを許さぬ状況になっていた。
「会津で徹底抗戦を唱えていた、新撰組の片割れは捕縛され、残りの片割れがここ仙台へと向かっている様だが…」
「何が仰りたいのか、分かりませんが…俺はここを離れるつもりはありません」
奥羽越列藩同盟の軍議の場に、土方は居た。
榎本艦隊が仙台に到着し、今後の巻き返しを図る為だが…今、同盟諸藩の兵力が仙台に集まりつつある。
本来であれば、各拠点にて新政府を迎え撃つ筈の諸藩兵力が、何故仙台へと終結しているのか。
「降伏した藩は、どこだ?」
「相馬中村藩・米沢藩・仙台藩・福島藩・上山藩・山形藩・天童藩・盛岡藩…」
「ふっ…壊滅と言った方が良いな…」
榎本は眉間を押さえ、苦笑いを浮かべながら言う。
「寝返った藩は三春・新庄・松前・守山…こちらも最早どうしようもない。ここで皆に聞きたいのだが…」
ぐっと胸を張り、立派な髭を持つ口元を緩めて言う。
「皆、寝返るか降伏したか、どちらかの藩の者が中に居ると思うが、この先如何するか」
「奥羽越列藩は、輪王寺宮公現法親王を盟主とし、北部政権実現の為の物…。盟主が降伏し、京に戻ってしまっては、我々の戦いの意義が無いのではないか!?」
「ならば、再び徳川を立てれば良い!」
「会津の松平殿を奉り上げる腹か、武士として恥を知れ!」
崩壊してしまった奥羽越列藩同盟の軍議は、野次の場となっていた。
その同盟も意味を失っては、その全てが敗戦の将となり、無残な場と化していた。
「他愛も無い…」
土方は腕組みをして目を閉じる。その様を見付けた榎本は、大声で皆を制する。
「止めぬか!」
榎本の怒号に、軍議の場は静まり返る。
「土方司令官、何か言いたい事があるのではないかね?」
「ここにおいでる皆さまは、誰かを立てねば戦すらできませんか?」
土方は何の躊躇も無く言い放った。
その遠慮の無い言葉は、そこに居る全員の腹を掴み、何の声も出す事を許さぬ威圧感がある。
「仙台が降伏した今、我々に求められるのは降伏か、戦か。その二つです。戦の理由を第三者に求めるが故に、他愛も無く崩壊するのです」
「貴様等新撰組こそ、戦の理由を慶喜公に求めていたではないか!」
「違いますね。我々は自らの信念に基き行動していました。その信念が全て同じであったとは言いませんが、少なくとも他人に押し付けた事は一度たりともありません」
「ならば…我々にどうしろと言うのだ」
土方は十二人の各藩の代表の前で、北を指差した。
「蝦夷に行きます」
「蝦夷だと? 仙台藩の支配下にある蝦夷に向かった所で、新政府に降伏した藩領だぞ!」
「だから何です? 蝦夷しか我々の勝機はありません」
「蝦夷で勝てる理由を言え!」
口論としか呼べない軍議に、榎本は再び口を開ける。
「海軍だ…。この国随一とも呼べる軍艦七杯が我々の元にある」
「蝦夷は海に囲まれた場所。制海権を握る我々が、今唯一、有利に事を運べる土地」
榎本と土方は戦局を理解できた。全ては蝦夷にて決する。
「土方殿…。お主は何の為に戦をするのだ。会津も降伏し、徳川もこうなっては再起が困難な状況で…」
「武士が、武士である為に俺は戦い続けます。西洋に圧され、武士道がただの道徳と成り下がってしまった暁には、この国は腐敗し、沈む…。徳川の時代がそうであったように」
土方のその言葉に、場は静まり返る。武士道が何たるかを知っている者達だけに、この言葉には説得力と重みがあった。
「異論は無いようですな。では、我々は仙台を棄て、蝦夷に向かいます…」
「蝦夷に向かい、戦に勝った暁には何をするおつもりか?」
「…武士の為の国でも作りましょう…」
土方のこの言葉に、軍議は沸き立った。
十月十二日。仙台折浜を出港。
軍議に参加をしていない以蔵は、土方に船上で話しかける。
「武士の為の国を作ると言ったそうですね…」
「何故、軍議の内容を知っている?」
「噂になってますよ。榎本・土方が武士の国を建国するって」
土方は呆れた顔をして、
「機密性などあった物では無いな…」
「良いんですか? こんな大風呂敷を広げてしまって」
「全て嘘と言う訳でも無い。それに、俺の価値観を皆に押し付けるつもりなど、毛頭無い」
「伝習隊・新撰組・彰義隊は土方さんの価値観を分かると思いますけどね…」
以蔵はそう言いながら船首へと向かい歩いて行く。
蝦夷地…。かつて龍馬が開拓を夢見ていた土地に行く。これは刻の因縁か運命か…。
太平洋は穏やかな中にも、荒々しさを纏い、七杯の軍艦を北へと運んで行った。




