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維新の剣  作者: 才谷草太
もう一つの維新、始まる
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白虎の戦う意義

 慶応四年五月一日。新政府軍の伊地知正治は白河城を陥落させる。日光での不戦交渉の直後に軍を率い、四月二十五日に総攻撃を開始していた。

 この後三カ月に渡り幕府軍は奪回戦を繰り広げるが、結局成らなかった。


 更に六月二十四日には棚倉城が陥落、七月に入っては奥羽越列藩同盟に属していた三春藩が脱退。ジリジリと新政府軍が会津へとその包囲網を狭めて来ている。



 「岡田…知っているか?」

 会津で傷を癒していた土方は、癒えた身体を軍服に包み城を見上げて問う。

 「二本松まで迫って来ているようですね」

 「十二歳の少年まで戦に加わっているようだ」

 「元服前…ですよね? 少年を戦地へと向かわせるなんて」

 「二本松では危急時に、二歳加算する入れ年の制度がある」


 少年兵と聞いた以蔵は、白虎隊を思い出す。


 「会津でも…?」

 「ああ、白虎だな…。最も白虎は会津の予備軍としての配属だ。実戦に出る事は無い事を願うがな」

 そうも行かないだろうと、半ば諦め顔のまま疲れた笑顔を一瞬覗かせる土方。


 会津防衛に際し、年齢順に四つの部隊を組織していた。


 五十歳以上の武家男子によって組織された予備隊「玄武」

 四十九歳から三十六歳までの武家男子で組織された、国境守備隊「青龍」

 三十五歳から十八歳までの武家男子による実戦部隊、「朱雀」

 十七歳・十六歳の武家男子で組織された予備隊「白虎」


 「そんな幼い兵士までもが前線に出るなんて…」

 「意外か? 白虎の中にも生年を誤魔化し十二歳で参加している者も少なくないそうだ」

 「彼等も前線に向かうと思いますか?」

 無論、以蔵には分かっている。だが、土方の真意を確かめる為に敢えて設問した。


 「意地の悪い聞き方をするな…。お主には分かっているんだろう?」

 城を見上げたまま、土方が言う。背後から見る以蔵には表情が分からなかったが、その声からはかつて無い程の寂しさが汲み取れた。


 「我々の、この戦に意義があるのか、仁義はあるのか。俺はずっと悩んでいた」

 そう言いながら振り向く。

 「教えてくれ、俺は誰に忠義を尽くせば良い?」


 土方の目から涙が流れる。


 侍であらんとするが為に、一人でもがき苦しむ男。誰しもが古い体制から脱する事ができず、過去にとらわれる戦を繰り広げる中で、土方はこの場に於いても『忠義』の為の戦を模索していた。


 「少年達は何を信じ、何の為に命を賭けようとしているんだ」


 声量は落としているが、以蔵の肩を掴み、絞り出す声には重みがあった。


 その重さに以蔵は堪えながら、言葉を掛ける。


 「…本人達に聞きに行きましょう。若すぎる彼等が、ただ命の捨て場所を探しているとも、古い体制にしがみ付いてるとは考えられません」

 「白虎隊にか?」

 「我々大人が展開する戦の中に、本当の理由を知っているのは彼等だけかも知れません。戦に明けくれる事で、戦をする事自体が目的になってしまっては、忠義など語れませんよ」



 以蔵は、健一はこの先の白虎隊の運命を知っているからこそ、土方の望む答えがそこにあると確信していた。

 刻を超えた彼自身の口から出る言葉は、歴史を知っている者からの「答え」でしかない。

 同じ時代を、同じ価値観で生きていた者である事こそ、真の「答え」を持っている。


 龍馬を斬り、幕末と言われる時代を歩いて来た結果、健一はその事を痛感している。




 以蔵は土方に連れられ北出丸から真っ直ぐ天守に向かって奥に向かう。太鼓門を抜けた辺りで大勢の子どもが集まり、しきりに木刀を持ち何やら討論を繰り広げている。


 「彼等が白虎だ」

 そこに居るのは紛れも無く子供だった。中には十歳を少し超えただけであろう顔立ちの子供までいる。その人数は優に二百人は超えている。

 「あの…子供達が…?」

 流石に呆気にとられる以蔵。平成では小学校を卒業したばかりの年齢。そんな彼等が自らの意思で戦場に出る事を熱望している。

 「やはり、目の当たりにすると戸惑いはあるな…」

 「土方さんもですか…?」

 「驚くな。俺だって子供を戦場に連れ出す程鬼では無い。むしろそう成らぬ為に我々が居るのだからな。最も…」

 「現状はそうも言っていられない、という事ですか…」


 土方は表情を押し殺したまま、白虎隊の中へ大声を弾かせた。


 「隊長は居るか! 白虎隊、隊長はどこだ!」


 その声に大勢の少年は動きを止める。

 「土方…司令官!?」

 誰かが呟く。その声に反応するように、少年達はその場に正座をして土方を迎え、頭を下げる。

 「よせ、止めろ。俺はお前達の隊長に用がある。隊長は誰だ」


 「我等の同志が、司令官殿にご無礼を働きましたでしょうか!」

 少年達の中心から声が出る。

 「誰だ、お前が隊長か!?」

 「いえ、拙者は隊士の江南哲夫と申します! 日向隊長は只今主君警護の為、朱雀隊と軍議の最中でございます!」

 「そうか…。白虎隊の任は主君警護か」


 土方は少年達に頭を上げさせ、その中を歩き、江南と名乗った隊士の元へと歩み寄った。

 全隊士の視線が土方に注がれる。そこには尊敬と憧れがあった。



 「江南…哲夫、と申したな? お前に聞きたい事がある」


 幕軍司令官という立場の人間からそう聞かれると、イチ兵士である少年の気持ちは異常な程恐怖を感じて当然である。

 既にその様相を恐怖と覚悟が包み込む。


 「…何か拙者に至らぬ事がありましたでしょうか…。ご無礼があれば、この場で果てます故、申しつけて頂きたく…」

 「逸るな。咎めなどでは無い。聞きたい事は…」

 土方はそこまで言い、以蔵を振り返る。


 『だよな…司令官という立場で、何の為に戦っている、とは聞けないよな…』

 以蔵はここで初めて気付く。



 「江南哲夫、お主は何の為に戦い、何の為に命を燃やすか、応えろ」


 突然、土方とは違う者の声を聞かされ、慌てる一同。咎めがあると思い、全神経を土方に注いでいたのだから無理も無い。

 「失礼ですが…貴公は…」

 以蔵の近くに居た、恐らく十五・十六歳程の少年が聞く。まさかこの場で【岡田以蔵】の名を出す訳にもいかないと思っていた矢先、土方が言う。


 「我等幕府軍の軍師であり、俺の友だ」


 その言葉に少年達の目が輝く。軍師と名乗った(結果的にであるが)事で、何か試されていると感じたのだろう。


 「江南哲夫、その場に立ち、問いに応えろ。お主は何に忠義を尽くし、何の為に命を張る」

 その言葉に、江南は口を開き応えようとするが、先んじて以蔵が言う。

 「会津藩主などと言う応えは期待してはおらん」


 出口を塞がれた少年は、呆気にとられた直後、言葉に詰まった。そんなやり取りを見ていた土方は、クスッと笑ってしまう。



 『岡田…、少年相手に容赦無いな…』



 しかし、その少年はその後、堂々と応えてみせた。





 「自らの義の為に」




 「その義はどこにある」


 「主君徳川慶喜公にあります」


 「慶喜公が王政復古を唱えた。その決意を無にするか」


 「政権を返上奉った御英断、それよりも江戸から弾かれ、蟄居させられている屈辱。慶喜公は我等侍の主君。義を以って江戸へとお戻り頂くべく、戦に身を投じる覚悟でございます」


 「会津にて戦を繰り広げ、慶喜公の蟄居が解かれるとでも思っているのか。むしろ立場を悪くしているとは思わぬか」


 「ならば軍師様は何故戦ってらっしゃいますか」


 「質問を許した覚えは無い。応えろ」


 十五歳の少年と、幕府軍軍師と紹介された男との問答が続く。


 「失礼致しました!」

 江南は深く頭を下げ、再度声を張る。


 「武士としての魂の元、降伏をし、解放を待つ事は士道に反すると存じます」

 「戦の中で侍として生き、主張と義を貫くと言うか」


 「屈服し、生き恥を晒すよりも侍として生き、我等が主君に生き様を見て頂く道を」



 「もう良い」



 真ん中で黙って立っていた土方は、その問答を止めた。


 「江南、お前の応えは八割だ」

 ニッと笑い、以蔵に向かって近寄る。

 「お答えは見つかりましたか?」

 隣まで歩み寄った土方に、以蔵は声を掛けた。


 「意地の悪い軍師だ…」

 そう言うと土方は振り返り、白虎隊に声を掛ける。



 「皆、思うがままに生きろ。侍として…だが、安易な道を選ぶ事は決して許さん」

 若い命を消す事は土方も望んではいない。だが戦時という事もあり、この主君警護と位置付けられる予備隊も前線へと向かう日は来るだろう。それを承知しての言葉だった。



 白虎隊二百名は、声を揃え、若々しく礼を言う。


 以蔵には厳しい光景だった。




 「岡田…庄内藩へ向かう。彼らを戦地に向かわせる訳にはいかなくなった」

 「援軍ですね? 奥羽越列藩同盟の諸藩を回りますか?」

 「それ程の余裕は無いだろう…。準備を急ぎ、庄内藩の説得に向かう」

 「分かりました。お供しますよ、軍師として」


 この時、以蔵は刻を超えこの場に居る意味が分かった。


 だが今は、此処に居る大勢の少年達が悲しい程凛としている光景を、ただ目に焼き付けていた。

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