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維新の剣  作者: 才谷草太
もう一つの維新、始まる
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陥落前夜

 まだ陽が昇らない薄暗い中、土方達は一路宇都宮城に向かい進軍を開始した。

 砂田村に到着後、彼等は新政府軍と交戦。しかしその相手は、先の小山の戦いにて破った彦根藩士達。司令官を失っていた彼等は士気も上がらずに撤退。幕府軍は宇都宮城までの道程を悠々と進軍することが出来た。


 宇都宮は、この頃「エエジャナイカ」に扇動された一揆により、軍備は疲弊。装備も旧式の火器しか無く、幕府軍の扱う最新式ライフル、西洋式兵術の前には余りに戦力を欠いていた。


 土方軍は、宇都宮城に向かう最中、道中にある庄屋等に火を放つ。折りからの強風に煽られた火はみるみる城下に広がり、それを合図として伝習隊・回天隊・桑名藩士隊が進軍を開始。


 圧倒的戦力で宇都宮城を攻めて来る幕府軍。宇都宮城で指揮を執る大軍監・香川敬三は、一旦宇都宮城を明け渡し、既に下野国南部まで進軍して来ている東山道総督府救援軍の精鋭と合流した上で奪還する事を決意し、城を下る。


 慶応四年 四月十九日。第一次宇都宮城陥落戦は幕を閉じる。


 勢いに乗る幕府軍はこの時まで連戦連勝。しかし、新政府軍は香川が当てにする援軍を送りこんでいた。


 新政府軍の援軍、鳥取・土佐藩は前日十八日に出兵、同日に薩摩・長州を伊地知正治が率いて出兵、そして二十三日は遂に総督府参謀板垣退助(乾退助)が、土佐藩を引き連れ自らが出兵。幕府軍の包囲を作り上げて行った。



 その包囲網の完成を前に、壬生城を陥落させる為、幕府軍は新倉新八を始めとする新撰組、郡山藩士、衝鋒隊、会津藩士と連携する事を計画し、二十二日、新政府軍安塚陣地を総攻撃、陥落に成功する。しかし、この日の豪雨と、たび重なる激戦で疲弊した幕府軍は、これ以上の進軍は不可能とし、安塚で足を止める。




 戦の流れとは無常である。この頃、幕府軍海軍副総裁の榎本武揚は、海軍軍艦8隻を率いて江戸を出る頃。宇都宮でこの榎本隊を待つ事が出来れば、形勢は変わっていたかも知れない。が…疲弊した幕府軍に、新政府の援軍が襲いかかる。安塚陣地を占拠していた幕府軍は、宇都宮城に撤退を余儀なくされる。



 流れが変わった。


 両軍共にそれは身に染みて分かった。


 壬生城に向かい、奪取を目論んでいた幕府軍に対し、新政府軍が先に奪取。


 幕府軍は壬生城を攻めるが苦戦を強いられ、更に新政府軍の援軍が壬生に向かっているとの情報が入り、止むなく宇都宮城へと撤退する事になる。




 そして四月二十二日、遂に壬生城に東山道総督府救援軍(薩摩藩兵、長州藩兵、大垣藩兵)約250人が入城。宇都宮城総攻撃を翌早朝として、その準備を進めていた。



 「いよいよ新政府軍は総力戦を打って出る様だな」

 土方は宇都宮城で軍議に参加していた。以蔵は部屋の隅で胡座をかいている。また、壬生への総攻撃を行った援軍も宇都宮城に撤退しており、ここに集結。

 「総力では、如何にしても敵う筈が無い…」

 つい悲観的になってしまうのは、大鳥圭介。

 「我等の魂は、決して折れん。気概で負けて如何するか、大鳥!」

 大鳥を鼓舞するのは辰巳鑑三郎。最早軍議と呼べる内容では無い。土方は多少うんざりしていた。精神論での対話は今後、役に立たない事を誰よりも理解していた。



 「ウンザリですね」

 無感情であっさりと口にしたのは、土方では無く以蔵だった。そんな以蔵を、頬を緩めて見たのは土方一人。当然である。


 「貴様、愚弄すると許さんぞ!」

 辰巳は大声で叫び立ち上がる。

 「そう、それが最早時代に乗れていない証拠」

 以蔵はサラッと言い放つ。続いて

 「何もかもを感情に任せ、士気を強制的に上げ、突撃を繰り返す。今まではそれで通用したかも知れませんが、この先はそうはいきません」


 「この先だと?」

 大鳥がイライラを増して問う。

 「恐らく、新政府軍は西洋式の戦いを繰り広げようとするでしょう。敵司令官には板垣退助が出て来ているとの事ですし」

 「我々侍が、西洋の軍隊に負けると言うのか!」

 辰巳は以蔵に詰め寄る。それを阻止したのは土方だった。


 「辰巳殿、岡田以蔵に近寄ると斬り捨てられますよ」

 その表情は笑っていた。

 「魂の事を言っているのではありません。気概で圧せる相手では、既に無くなったと言っているのです」

 土方はそう付け加え、以蔵を見る。

 「岡田、お主ならどうする?」

 「発言を許されるのであれば…」

 以蔵はそう言うと、大鳥・辰巳の顔を見上げる。ムスっとしてはいるが、冷静なこの二人を目の前に、黙って座り直す。


 では…と、以蔵は立ち上がり、

 「恐らく、宇都宮城は新政府に総攻撃を受ける事になるでしょう。しかし、今我々はそれに対抗出来得る戦力は無い」

 「だからそれをどうするか、という軍議であろう!」

 「連日連戦で疲弊しきった勢力での打開策を論じてる軍議になっていない」

 辰巳の反論を、冷静に、一気に否定する以蔵。更に

 「聞く処によると、榎本艦隊が江戸を出たと」

 「ああ、だが合流にはまだ掛かる上に、ここ宇都宮は内陸…。海軍との合流は困難だ」

 土方は冷静に以蔵に言う。


 「宇都宮・日光を捨てるべきです」


 その言葉に、大鳥・辰巳は絶句。日光は徳川家康を祀った幕府の聖地。そこを諦めるというのだから、当然である。だが


 「新政府とて日光を汚す事はしない。仮に倒幕意思が強くとも、世論を敵に回してしまう事は明らかであり、戦地となるより無傷での解放を望む」

 「明け渡せ、と言うか」

 大鳥は口惜しそうに聞く。


 「時間を稼ぐのです。宇都宮城防衛を装い、その後日光へ撤退。そうなると敵は攻め込む事は良しとせず、我等に日光を降りる様にとの交渉をする筈…」

 「なるほど、防衛戦・交渉戦にて時間を稼ぐ、という事か」

 辰巳は早々に理解した。土方はニヤニヤと笑っている。そんな土方に、やられた、という苦笑いを向けた以蔵は、土方に問う。


 「土方さん、この先は恐らく貴方の思い描く所と同じ筈。ご説明をして下さい」

 「俺か? 俺は戦場であればどこにでも赴く鬼神。命令が下れば…」

 「今は命令を下す立場でしょう? ニヤニヤ笑ってないで、頭としてお願いします」

 以蔵は眼を閉じ、口元に笑みを浮かべながら腕組みをして黙りこむ。


 「卑怯者め」

 土方は苦笑いを浮かべるが、大鳥・辰巳は大真面目で土方を睨みつける。


 「…撤退戦ですよ。宇都宮城防衛を装いながら日光へと本隊を残して移動、その後、本隊が日光へと移る頃には、ほぼ全隊が会津へと向かう」

 「あ…会津だと!?」

 「会津は今や旧幕府軍の旗頭的立場。そこに総攻撃が加えられるのも時間の問題…。榎本隊も恐らく会津に向かう筈。そこに合流し、我々は会津防衛に当たります」


 「我々は、どこに向かうのだ…」

 大鳥はポツリと溢す。だが以蔵は知っている。この先には悲劇しか無い事を。だが、それすら向かわずには居られない、何かがある事も。




 翌日未明、新政府軍の総攻撃が宇都宮城を襲う。そして更に、土方の運命も大きく動いて行く。

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