投降と戦と
慶応四年 四月二日。
近藤勇率いる新撰組は流山に陣を構える。しかし新政府軍に即刻取り囲まれる事態に陥り、翌日、流山陣屋の包囲網が完成。
「局長、余りにも無謀…」
「言うな、歳。お主が口を開けば皆に要らぬ動揺を与える」
「江戸城にて、勝殿とお話しになられた事を、今、この場でご説明頂きたい」
陣屋には総勢二百名を超える侍が集まっていた。その前で、敢えて土方は近藤に問う。
「江戸より退去し、来るべき新政府軍との戦闘を避けよ、との命が出たのではありませんか?」
土方は、無情にも全員の前で近藤に問い掛ける。
「それが真実であれば、お主等は如何致すか」
近藤は相変わらず腕組みをし、平静を保ち返す。
二百名を超える侍は、一同に怒りと動揺を表に出す。
罵声を浴びせる者、打ちひしがれる者、恐怖のあまり震えを露わにする者。
そんな彼らを、土方は一喝する。
「黙れ! お主等二百名を抱え、今後を思案する旨を考えての判断だ! お主等にその大役が務まると判断しての批判をするか!」
近藤には近藤の考えあっての事。局長としての判断を尊重すればこそ、隊士達の疑念を払しょくしようとする土方だった。
土方の大声量に圧され、野次を飛ばす者は居なくなった。
「我等が主君、徳川慶喜公が戦を拒み、和平の為に大政奉還・王政復古に従ったのだ…。武士として、その御心に逆らわず、戦を避ける道を執る事を選んだ」
「それならば甲府進軍以外にも手立てはあった筈です」
「……迷っておる。主君の定めた道に従うを良しとするか、それでも尚且つ主君を今一度起たせるべきか……」
「迷いの中で、二百名の同志を路頭に迷わせる事となっても、ですか?」
「我等侍は、この先のこの国に、必要とされると思うか、歳?」
近藤の言葉には、誰もが息を呑む。
そう、ここに参加している者達は、そうならぬ為に戦に馳せ参じ、侍の世を守り抜こうとしているのだ。無論土方も同じではあるが…。
「軍を率い、迷いを巡らせ、路頭に迷わせるべきでは無い。近藤勇殿、今、この時を以って総司令のお役を解任する!」
無論、そのような人事決定権が土方にある訳では無い。が…土方のこの言葉に、近藤は腕組みを解き笑みを浮かべる。
「歳…お主は死しても尚、武勲を求める武人である事を望むか」
「死ぬ覚悟の無い侍が、戦地に於いて無用である事は誰よりも存じておりましょう」
「最早…刀で戦を渡り歩く時勢では無いぞ、歳」
「ならば砲を持ち、転戦するが戦の在り方では?」
「西洋式…と、言う訳か。そこに大和魂はあるのか? 侍の魂を捨て、何の為の誇りぞ」
「侍の魂は腹に括る物。抜きて勇ましく戦うは太刀では無く、その魂」
二人の会話は、侍として如何生き抜くか。その一点だった。
近藤はその会話の後、爽やかに笑って言った。
「拙者が死ぬのは銃弾では無い。刀に掛かって命を落としたい…。歳、我の後、思うがままに生き抜き、自身が描く侍として行け」
「投降は止めませぬ…。それもまた武士としての志。されど、局長の意志はこの身体に染み渡らせます」
笑いを鎮め、堂々と立ち上がる近藤は、そのまま二百名の視線を集めつつ部屋を出る。
その視線には、当初の怒りや呆れ等は微塵も無く、武人に注がれる物と変わっていた。
「皆、聞け。江戸は既に西郷率いる新政府軍が入り、降伏か戦かを決めている最中。我々はこの戦に関わらず、会津に戻り軍備を整え、北方へと舞い戻る。一度、包囲網を抜ける為武装を解け!」
土方のこの言葉に、一同は驚いた。今、戦い抜く事を宣言した男が、武装解除を申し渡したのである。どよめきが空間を支配するには、十分な言葉だった。しかし…
「近藤局長、最後の見得を無駄にするな! ここで武装解除し、包囲網を抜け、再度会津にて狼煙を上げるのだ。局長はその為の一戦を、我々の為に御一人で買って出たのだ!」
土方は左腕で自身の太刀を高く掲げ、更に叫ぶ。
「聞け、侍達! 我等の時代は終わらぬ! 新撰組が新撰組であるが為に、今こそ志を高く掲げ、これより先は魂により生きろ!」
二百名は一斉に喝采を上げる。見失っていた戦う意義を、皆往々に手に入れた。
近藤はその喝采を背中に背負い、陣屋を後にし投降をする。
『歳よ、お主の死に場所は処刑台では無い。戦場に舞い戻り、武士として死ぬ事こそがお主の生き様だ。拙者は、どうあれ刀にて命を落としたい。互いの魂は、侍としての死に場所の違いか』
近藤の投降を目の当たりにした新政府軍は、その全員が敬意を表しその場に座し、頭を垂れた。
その近藤の投降により、武装解除をした新撰組隊士を含む227名は無条件で包囲網を出る事ができ、一路会津へ。
新政府軍もまた、侍としての魂にて彼等を解き放った。




