第十五章(三)
第十五章(三)
背中の辺りから熱気がこもり始め、全身を襲う倦怠感に目が覚めた。
が、とたんに息苦しさに見舞われた。
っく・・・
「お目覚めか・・・。 そなたの生命力も大したものだな」
再び声がした。
やはり昨夜の声は夢ではなかったようだ。
司は恐る恐る視線を動かしてその姿を捉えると息を呑んだ。
壁板の隙間から漏れる光に映し出された女の姿は紛れもなくアマゾネスの一人だった。
鎮座した腰に巻かれたものは何かの獣の皮で、その革のベルトから突き出した上半身は引き締まった筋肉で覆われ、高く突き出した二つの乳房は象徴であるかのように凛としている。
首から胸に下げられたペンダントにどこかしら見覚えがあったが思い出せない。
蜂蜜色をしたその石に光が当たると、奇妙な黄金色が見えた。それに見入ってしまったが、不意に顔を覗き込まれて思わずドキッとしたが、その二つの両目は見事な黒い色をしていた。まるで黒オニキスを思わせる。光に当てたらきっと神秘的な色を見せるだろう。
更に額に巻かれた革紐に、後ろでポニーテールのように高く結わえた黒髪がその二つの鋭い眼光をきわ立たせ、戦士である事を見立てていた。
まさか、な・・・
司はごくりと生唾を呑み込もうとして軽くむせてしまった。
だが、はぁっ はぁっ と渇いた息が喉をかすれるように鳴っただけだった。
「聖なる水を飲ませてやりたいが、それもヤツ等に奪われてしまった」
そう言うと睨みつけるように扉に振り向いた。
「仕方がないからこれを飲んでおけ。何も飲まないよりはマシだ。うまく逃れる事が出来たなら、聖なる水で浄化してもらえばよい」
その言葉に司は突然何か得体の知れない恐怖に襲われ、悲鳴を上げそうになったが、余りに息苦しく、声を出す事が出来ずにいた。ただ、全身が小刻みに震えていく。
「どうした? 気分が悪いのか? 顔色がよくないな。このままでは本当に死んでしまうぞ。とにかくこれを飲むのだ」
シンラは少し慌てたようにとっくりから水を注ぎ、司の体を起こしたが、司はそれを拒んで首を横に振った。
お前は誰だ!? 何者だ!?
声にならない呻き声を上げると、首を横に振り続けた。だがそのせいで頭が割れるように痛み出し、フラフラと視界が揺れ出すと目を閉じかけた。
っ!?
次の瞬間、唇を塞がれると口の中に生温かい液体が入って来る。
思わずごくりと喉を鳴らした。
そして、ゆっくり目を開けるとシンラの顔がゆっくりと離れて行くのが見えた。
「まったく、気丈なヤツだ」
シンラはふっと微笑むと司の体をゆっくりと横たわらせた。
「そうだ、これを食べるとよい」
思い出したように腰にぶら下げていた小さな皮袋を手に取ると、中から何やら取り出して手の平に乗せると、司に差し出した。
っ!?
司はそれを見た瞬間、唇を震わせてしまった。
何故ならそれは太古の森で口にした赤い実だったからだ。
何故彼女がこれを持っているのか解らない。
それに何故、この実をこの場所で見なければならないのだろうか。
自分達は必死であの伝説の森から抜け出し、何とか現実に存在するヤニ族の村に出たのではなかったのだろうか。
司には何の理解も出来ず、それどころか自分自身に対してどう説明していいのかさえも解らずにいた。
驚愕の眼差しで手の平の赤い実を見つめる司にシンラは苦笑すると、自分の口の中に入れ、それを噛み砕くと口から出して司の口の中に押し込めた。
何の抵抗をする事も出来ずに司は口の中に入れられた甘酸っぱい赤い実を舌の上で転がせた。そして、ごくりと喉を鳴らして飲み込むと大きな息を一つ吐いて目を閉じた。
たちまち深い眠りに陥ちて行く。
そんな司をシンラはしばらく見つめていたが、何かを確信したように頷くと首から下げたペンダントを握り締めた。




