第十四章(四)
第十四章(四)
暗く長い夜が明けた。
悪夢から覚めたようにすがすがしい朝だったが、辺りを見渡した時それがまだ悪夢の続きを見ているかのように思わせた。
濃い緑に覆われた一帯はまさしくジャングルの中だ。
鳥の鳴く声がまるで獣の声のように聞こえる。
晃一は目の前で、澄ました顔で薬草をすり潰している紀伊也に安心したように息をついたが、突然誰かを探し求めるように辺りを見渡したかと思うと、それが見付からなかった事で何故かとてつもない不安に襲われて思わず立ち上がった。
「どうした?」
驚いたのは紀伊也だった。
その今にも泣き出しそうな表情をした晃一に思わず手を止めた。
「司は? ・・・ 紀伊也、司は?」
「心配するな」
「司はまだかよ!? おかしいじゃねぇかっ、もう二晩だぞっ」
どうしようもない不安に声を荒げてしまった晃一にスタッフが目を覚ました。
「晃一、落ち着け。 お前が騒いだところで司は来ない」
無関心を装うように素っ気無く応えると紀伊也は再び手を動かした。
「おっ、落ち着けだっ!? 紀伊也っ お前は司が心配じゃねぇのかよっ!?」
「こ、晃一さんっ!?」
カッとなって紀伊也に掴み掛かりそうになった晃一に、木村が慌ててその足に食らい付いた。
「離せっ ばかやろうっ!! 今までどれだけ司に助けられたと思ってんだっ! てめぇは司の事、何とも思ってねぇのかよっ!? そうだよな、考えられる訳ねぇよなっ。 てめぇの仲間は全員無事だからなっ、だからもういいって事かよっ!? てめぇらがいなけりゃ俺達だって全員助かってたんだっ、なのにっ・・・」
「いい加減にしろっ!」
パシンっっ
すくっと立ち上がった紀伊也が珍しく怒鳴って晃一に平手打ちを食らわせた。
声を荒げた紀伊也を初めて目の当たりにし、一瞬息を呑んだ晃一だったが、どうにもこうにも自分の中の不安と畏れを止められない。拳をぐっと握り締めるとその右手に力を込めて紀伊也に殴りかかったが、簡単にそれを片手で止められると跳ね除けられてしまった。呆気なくバランスを崩した晃一はそのまま地面に手を付いてしまった。
「それだけの元気があれば今日は歩けるな」
紀伊也は冷たく言い放つと、晃一に蹴り飛ばされた木村の手を掴んで起き上がらせ、潰した薬草を手に取り、恩田の口元でそれを搾って汁を垂らした。
そして、喘ぐように口を開けた恩田に水を飲ませた。
それを黙ってじっと見ていた晃一はぐっと奥歯を噛み締めた。
「紀伊也、俺は戻るぞ。戻って司を連れ出して来る。お前等は先に行ってろ」
決意したように言うと、立ち上がって紀伊也を睨み付けた。
「お前がこんなに薄情なヤツだとは思わなかったぜ。見損なったよ。やっぱり・・」
「晃一、お前一人行ってどうする気だ? また、司の足手まといになる気か?」
「え?」
そっと恩田を寝かせると、紀伊也はゆっくり晃一に振り返った。
「今、お前が行けばヤツ等に捕まるのは目に見えている。司があれを飲まされた以上、お前がいれば抵抗すら出来ない。そうなれば確実に助からない」
「 ・・・ どういう事だよ ・・・」
“足手まとい” その言葉に打ちひしがれてしまったように晃一は急に力が抜けてしまった。
勇んで決意したものの、実はどうやって司を助ければいいのかその術を何も考えていなかった。それに実際彼等に剣を突きつけられただけで、体が縮んでしまったのだ。次に捕まれば突きつけられるだけでは済まないだろう。
「余り言いたくなかったが、仕方ない。 正直に言うけど、ヤニ族は別名、人食い族とも人狩り族とも言われている最も危険な原住民だ」
そう言って立ち上がると恩田を見下ろした。
「彼は本当にラッキーだったよ」
「じゃあ、司はっ!?」
冷静な紀伊也が冗談を言っているとは思えない。
晃一は息を呑んで目を見張ると恩田を見つめた。木村も佐々木も同じように息を呑むと恩田を見つめた。
「よくは分からないけど、ヤニ族は男女一人ずつ揃わないと儀式が出来ないらしい。それに、詳しい事は分からないが、同じ人種でないとダメらしい事も何となく聞いている。だから彼は今まで助かっていたのかもしれない。けれど、司だけが別の小屋へ連れて行かれたって事は、司が女である事を最初から知っていたからだろう。 あんな事をされても拒んだ水は恐らくアヤワスカだろう。もし、最初から飲んでいればあの体だ。すぐに侵されて洗脳されてしまう。だからギリギリまで頑張ったんだ。 晃一、お前の為にあの体を張ったんだ。だからこれ以上・・・」
そこまで言うと唇を噛み締めた。
司の最後の言葉が甦る。
『ごめん紀伊也、皆を頼む。 ・・・ 秀也によろしくな』
重苦しい沈黙が流れた。
が、やがて紀伊也は顔を上げると
「俺達が捕まらなければ司は食われずに済む。だから何としてでもこのジャングルから抜けて東京に帰るんだ」
そう言ってまっすぐに晃一を見た。
『晃一、東京で会おうぜ』
司の最後の言葉を思い出して晃一はハッとなった。
「そうだな、東京に帰らなきゃな」
そう言って晃一は唇を噛み締めて下を向くと、その頬には幾つもの涙が伝った。




