第二章(二)
第二章(二)
五人はしばらく黙ったまま腰を下ろして休んでいた。
徐々に辺りは暗くなって来ていた。
「腹へったなぁ」
ふと思い出したように晃一は呟くと溜息をついた。
予定では今頃、原住民の住む村で歓迎の儀式と共に何か食に有り付ける筈だった。
それが何処でどう間違ったのか、とんでもない惨事に遭ってしまったのだ。
三人のスタッフも途方に暮れてしまったように俯き、膝を抱えていた。
『司』
不意に紀伊也の声が聴こえた。
どうやら遮断されていた波動が元に戻ったようだ。神経を集中させると意外と近くに居るようだった。
『近いな。オレの脳波を辿って来い』
そう送ると閉じていた目を開けた。
「暗くなる前に火を起こすぞ。薪を集めろ」
司は立ち上がると、何か薪になりそうなものを探し始めた。
それにつられて晃一も他の三人も立ち上がって同じように探し始めた。
そして、拾い集めた枯葉や小枝を積み重ね、ライターで火をつける。
シューという燻した音から、パチパチという跳ねた音に代わり、ぼっと火が起こると、何か底知れぬ安堵感が広がった。
皆、黙って火を見つめた。
赤い炎の色がはっきりと映り、彼等の姿も炎で揺れる程、辺りは完全に暗闇に包まれていた。
そして、今は誰もが不安気にその火だけを見つめていた。
「司、何か音がしねぇか?」
晃一の言葉に三人のスタッフはビクッと顔を上げると、恐る恐る辺りを伺った。
ザっ ザっ ザっ ・・・
確かに何かが動いている音が聴こえる。
ザっ ザっ ザっ ・・・
徐々にその音が大きくなり、それが確実に彼等に近づいている。
はぁっ はぁっ ・・・
息を吐く音がすぐ耳元で聴こえ、スタッフの一人が悲鳴を上げそうになった時、人影が現れた。
全員が息を呑んだ中、
「大丈夫か?」
と、司は座ったまま顔だけ上げると、人影に向かって声を掛けた。
「紀伊也っ!?」
晃一が驚いて立ち上がると紀伊也に駆け寄り、その背に負ぶわれていたスタッフを抱え下ろした。
「西村!?」
今度は三人のスタッフが驚きの声を上げた。
それは、最初にジャガーに襲われそうになったカメラマンの西村だった。
「大丈夫か?」
紀伊也は屈み込んで西村の左足に手を当てた。
「どうした?」
司が紀伊也に聞く。
「逃げる時に足を挫いたんだ。あと左肩も少しやられた。牙を立てられなかっただけ良かった」
表情なく淡々と答える。
あの時、次に襲い掛かって来たジャガーに倒され、爪を立てられそうになったところで、間一髪、紀伊也の放ったバタフライナイフがジャガーの喉元に突き刺さり、その衝撃でジャガーの爪が少し食い込んだのだ。
紀伊也の説明に、晃一と三人のスタッフは息を呑んで聞いていた。
「そっか、・・・、で、紀伊也はこいつと二人だけだったんだな? 他のヤツは見なかったのか?」
西村の脇にしゃがんで、その左足に自分の右手を当てて気を送りながら司は紀伊也を見た。
炎の灯りに映し出された紀伊也の額は汗で前髪が張り付いていた。
さすがに疲労の色を隠せない。
黙って横に首を振る紀伊也に、木村が水筒を差し出した。
一瞬木村を見上げると、「ありがとう」と言って、それを受け取り、一口飲むとぐったり疲れ切っている西村に水を飲ませた。
ゴクゴク貪るように水筒の水を飲み干してしまった西村に、司と紀伊也は目を合わせた。
「あ、そうだ」
思い出したように紀伊也は司から視線をそらせると、さっき西村の後ろに投げたリュックサックを拾い
「途中で拾ったんだ。何か入ってんじゃないかな」
言いながらそれを誰かに渡した。
木村達が貪るようにリュックサックの中身を出しているのを、紀伊也は司の隣に座ってタバコに火をつけながら見ていた。
一服吸って煙を吐いて視線を動かすと、司が薪を入れて太い木の幹で火を調整している。
赤々と燃える炎に、無表情に装った司の不安気な横顔が映し出された。
「司、食うか?」
リュックサックの中身は食料品だったようだ。カロリーメイトを差し出され、思わず微笑むとそれを受け取った。
司は一本抜くと、残りを紀伊也に渡す。紀伊也も一本抜くとそのまま晃一に返した。
「もういいのか?」
「解っちゃいるとは思うが、全部食べるなよ。これからどうなるか分からんぞ」
「そう、だな」
司のその言葉が何を意味するかは大方の予想はつく。 スタッフ達も手を止めると、溜息をつくかのように火を見つめて黙ってしまった。




