第十四章(ニ)
第十四章(二)
紀伊也と晃一は西村と岩井に肩を貸して支え、木村と佐々木は恩田を両脇から抱えると、どっしりと降り懸かる重みに一歩一歩踏みしめるように歩き出した。
10分程歩いて息を整えると再び歩き出す。それを繰り返していたが、4人の息はかなり上がってしまっている。
無理もない。大人一人を抱えながら道なき道を昇っていた。
じっとりした熱い湿気が彼等の全身に纏わりつく。
想像以上の喉の渇きに、自分の生唾で癒そうとごくりと飲み込むが、口の奥から喉元がただねっとりするだけで、逆に気持ち悪さを感じてしまう。そればかりか全身から立ち昇る熱気に頭がぼうっとしてしまい、目を閉じようものならそのまま倒れてしまいそうになる程に朦朧として来る。
「もう少しだから頑張れ」
かすれる声を振り絞って声をかけたが、誰も返事が出来ない。
ただ晃一は薄ら笑いを浮かべただけだった。
そして、自分の肩からずり落ちた岩井を支え直すと歩き出したが、急に重たくなったような気がしてハッと岩井を見ると、頭はだらりと前に垂れ下がり、反対側の腕もぶらんとしているだけでその生気がない。足元を見れば、両膝は折れ曲がり、つま先は完全に埋もれていた。
「おいっ しっかりしろっ 」
軽く揺さぶったが、何の反応も示さない。瞬間、「まさか」という言葉がよぎったが、それを否定したいように紀伊也に視線を送った。
既に気を失っている西村を背中に負ぶっていた紀伊也は、晃一に振り向くと軽く頷いた。
それを見た晃一は、ホっと息を一つ吐くと、岩井の腕を肩から下ろし、その体を背中に負ぶった。
西村同様、気を失ってしまったらしい。その証拠に耳元でかすかに息遣いが聞こえた。
「死ぬなよ」
そう呟くと紀伊也の後を追った。
突然、ぶるるっと恩田の体が動いた。
両脇を抱えていた木村と佐々木は、一瞬耄碌した自分達の錯覚かと思い、自分の頭を1回振ったが、再びぶるるっと震える振動を恩田から感じて顔を見合わせた。
そして同時に恩田に視線を送った。
「どうした?」
木村が恩田に声をかけたが、返事はなく、ただ全身を小刻みに震わせているだけだった。
その呼吸は次第に大きく早くなり、明らかに苦しそうだ。
二人は慌てて肩から下ろして座らせると、背中をさすりながら顔を覗き込んでギョッとしてしまった。
俯いた顔の口元から泡のような唾液が噴き出している。そして半開きの目はうつろでその周りはどす黒くなっている。
「紀伊也さんっ 来て下さいっ」
たまりかねた佐々木が声を振り絞る。
渇いた悲鳴が聞こえ、紀伊也と晃一が足を止めて振り返ると、既に二人のとの距離は30M程離れていた。
晃一はため息をつくように息を吐いたが、紀伊也は予想していた通りの事態に険しい表情で恩田の側に戻った。
背負っていた西村を佐々木に託し、恩田を覗き込んだ。
「 ・・・、 始まったか ・・・・、あともう少しだったのに 」
少し悔しそうに唇を噛み締めると、目的とする前方に目をやった。
恐らくあと100M程だろう。
ここで皆を待たせて自分だけが行くか・・・。
全員の顔を見渡して辺りに警戒しながら考えた。だが、考えるまでもなかった。
遠くの方で威嚇するような獣の鳴き声を聞いた時、紀伊也は立ち上がると冷たい瞳を前方に送った。
「紀伊也、どうするんだ?」
表情を作る事さえ出来ず、ぶっきらぼうに晃一が訊いた。
「あと100M位だ。とにかく急ごう。もうすぐ追いつかれる」
その言葉に瞬時にして皆の顔色が変わる。
「行くぞっ 引きずってでも行くんだっ いいなっ 」
紀伊也が再び西村を背負って立ち上がった時、後方からガサガサっという何かが来る音が聞こえた。
「急げっ」
本当はもう皆走る事など出来ない筈だった。しかし今は、全身の力を限りなく自分の両足に与え、必死で走っていた。だがそれも足早に歩いているだけで、以前のように駆けるように走っている訳ではない。しかし、それでも皆必死だった。
と、突然、前方からも ガサガサっ カタカタっ と何かが勢いよく走って来る音が聞こえる。
!?
ザザザァァァーーーっっっ
うわぁぁぁっっっ!!!
突然、密林の中から尖った耳と鼻を持った動物が飛び出し、晃一のすぐ脇を通り抜けた。
い、犬っ!?
自分に襲い掛かって来たかと思い、思わず後ろにひっくり返りそうになって、慌てて体制を立て直すと、とたんに岩井の体重がのしかかり前に両膝をついてしまった。
そして、その瞬間にその四つ足の動物の後姿を追った。
後ろからでもそれが犬である事が分かる。
だが晃一にもその犬から凄まじい殺気を感じる。
「野犬だろ。 晃一、大丈夫か? とにかく急いでくれ。もう少しだから頑張れ」
何事もなかったように紀伊也に言われ、恐る恐る顔を上げると、いつもの冷静な紀伊也がいた。
だが、その瞳はいつになく冷ややかな色をしている。晃一でさえ少しゾクっとした程だった。
気を取り直して立ち上がり、再び歩き出すと、後方から人間の悲鳴と獣の叫び声が響き、遠くの密林を揺らしていた。
さっきの犬に殺られたのだろうか・・・
晃一はごくりと息を呑んだが考えている余裕などなく、紀伊也の後について足早に歩いた。
少しして紀伊也は立ち止まり、顎で前を指した。
「晃一、あそこに同じような木が3本並んでいるのが見えるか?」
「あ、うん」
「あれが境界線だ。あともう少しだから頑張るんだ」
晃一を励ますと、木村と佐々木にも声を掛けた。
3人共に行き着く先が見えた事に、ホッと安堵感を覚えると、同時に胸が熱くなる。突然に溢れそうになるものを堪えながら仲間を抱えて歩いた。




