第十四章(一)
第十四章(一)
ザッ ザッ ザッ・・・
どれ位歩いただろうか。
全員の足取りは重く、時々立ち止まってしまう程疲れていた。それでも紀伊也は休む事なく黙ったまま前に進もうとしていた。
「紀伊也、ちょっ たんま。 マジ休もうぜ。俺たちもう限界だよ」
たまりかねた晃一は、喉の奥をヒーヒー言わせながら言った。
紀伊也は仕方なく立ち止まって辺りを見渡した。もう夜明け近くになるのに、まだそう遠い距離を歩いていない事に小さなため息をついてしまった。
仕方がない、皆疲れ切っている
そう自分に言い聞かせたが、訳の分からない苛立ちを覚えていた。
はぁっ はぁっ はぁっ
暗がりには彼等の苦しい息遣いしか聞こえない。
時々、かすれるような声で互いを励まし合っていたが、互いに頷き合うだけで、言葉を交わす事は出来なかった。
ここまで必死に歩いて来たつもりだった。彼等に言わせれば必死になって逃げて来たし、半ば全速力で走っていたと言ってもいいだろう。
しかし今はもうこれ以上は前に進めない。誰も立ち上がろうとはしなかった。
そんな彼等を見守るように紀伊也は倒れた木に腰掛けていた。
そして、晃一に司の事を聞こうかと思ったが、疲れ切って膝の間に頭を埋めているのを見てやめてしまった。
彼等にとって恐ろしく長い夜が明けた時、辺りを見渡して息を呑んだ。
そこだけがちょうど開けた地面になっていたが、大きな緑の葉の植物が幾重にも連なり、蔓が木に巻きつき、それが垂れ下がり、上を見上げれば高い木がずらりと立ち並んで太陽の光を遮っている。
まさに密林の中にいたのだ。
キーっ キーっ と獣のような鳴き声が響いたり、遠くの方でガサガサと葉が揺れる音が聞こえて来る。
「皆、大丈夫か?」
紀伊也が声をかけた。
一斉に紀伊也に視線が集まると、「大丈夫みたいだぜ」と、晃一が答えた。
「恩田さん、大丈夫ですか?」
佐々木が肩を震わせて嗚咽のような息をしている恩田の肩をそっと叩いた。
木村はまだ熱の下がらない岩井と西村の顔色を伺っている。
「恩田?」
「ああ、俺達より先に捕まってやがった。運がいいんだか、何とか生きてたみたいだぜ」
首を傾げた紀伊也に晃一が説明した。
「 ・・・、無事だったのか ・・・、 ホントに運のいいヤツだな」
一つ安堵の息を吐くと仲間に肩を抱かれ背中をさすってもらっている恩田を見つめた。
本当に運のいいヤツだ
紀伊也はもう一度心の中で呟くと空を見上げた。
早く行かなければならない。
アランと別れてから既に3日は経っている。あと5日で約束の場所まで行けるかどうかの確信はない。
休んでいる彼等を見渡せば5人のスタッフの内、3人はかなり衰弱している。
残りの4人で彼等を担いで運んだとしても、今度はその4人の体力がどこまで持つかどうかだ。しかし、そんな事を言っている場合でもない。
まだヤツ等の縄張りから出ている訳でもないし、いつヤツ等の“狩り”が始まるか分からないのだ。司が捕らえられたままだとしたら、必然的に“狩り”も始まるだろう。もし、今度ヤニ族に見つかったら確実に捕らえれ、助かるものも助からなくなってしまう。
それを考えると紀伊也は心を鬼にしてでも彼等を歩かせねばならなかった。
「そろそろ行くぞ、仕度をしてくれ」
決意したように言うと立ち上がった。
「ちょっと待ってくれよ、ムリだって。もうへとへとで一歩も歩けねぇよ。もう少し休ませてくれよ」
驚いた晃一は周りを見ろよと言わんばかりに、呆れたように口を尖らせた。
「疲れてるのは分かってるけど、早くここから出ないと大変な事になる。とにかく頑張ってくれ」
「ここから出る、って何だよソレ」
「まだヤツ等の縄張りから出ている訳じゃないんだ。これくらいの距離ならすぐに追いつかれる。また捕まりたいのかっ!?」
最後には語気を荒げると吐き捨てるように言っていた。
どんな時でも冷静で落ち着き払った紀伊也が明らかに苛立っていた。
「紀伊也、お前 何か知ってるな?」
見透かされたように晃一に言われ、一瞬ギクっとした紀伊也だったが、晃一に指摘された事で返って落ち着きを取り戻す事が出来た。
そして軽く頷くと、
「後で説明する。だからもう少し頑張ってくれないか。ここを抜けた所に少し食糧も用意してあるから」
そう言ってため息をついた。
紀伊也が放ったセリフに皆の顔が一瞬でも明るくなった事に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
アランからもらった食糧などたかが知れている。非常用の乾燥したパンとチョコレートが数袋あるだけだった。とても腹を満たせる程はないのだ。
ただ有難い事に解毒剤が期待以上にあった。それを早く飲ませたかった。




