第十三章(三)
第十三章(三)
ガラスのように冷めた瞳をしていた司は、フっと気が緩んだように目を閉じるとふうっと大きく息を吐いた。
仲間の気配が消えた事を感じたのだ。
きっと紀伊也がうまくやったのだろう。あとはこの騒ぎに乗じて自分が逃げればいい。
半分痺れた体を何とか動かして起こすと、這うように扉まで行き、何とか立ち上がった。
司が逃げ出せる体でない事を知っていたように扉の鍵はかかっていない。
そのまま開くと倒れるように外に出た瞬間膝をついてしまった。
ほんの数メートル体を動かしただけで頭がふらふらし、息も苦しい。
しかし、これ以上ここに居る訳にはいかない。自分も早くここから出なければこのまま彼らの餌食となってしまうのだ。
残された体力で自分の能力を出し切り、周辺の毒蜘蛛を集結させたのだが、この騒ぎもそう長くは続かない事くらい解っている。
体力と共に能力も落ちていた。
はぁっ はぁっ・・・
息を吐く度に焼けるように喉が熱くなる。
何とか片膝をついて立ち上がろうと手を伸ばした時、何かに掴まった。
「 っ!?」
瞬間、電流が走ったように手の平に痛みが走ると、生温かい液体が流れ出した。
そして、ガっとその手を掴まれて顔を上げると、族長の男が大きな目を見開いてこちらを睨むように見ていたが、掴んだその手から血が流れているのを見つけると、とたんに、にんまりとほくそ笑むような眼差しを司に向けた。
そして、その手を自分の鼻に近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「 っひっ ・・・ 」
思わず息を呑んだ司は声にならない呻き声を上げてしまった。
手の平に流れた血を舐められたのだ。
ざらついた舌の感触が言葉にならない程気持ち悪い。体全身を脂汗が覆うようだ。
「オ前ハ逃ガサンゾ」
手首をそのまま強く握られて立ち上がらされると、今度は片手で首を掴まれる。
ぐぐっと体が持ち上げられた。
「 っく・・・」
更に息苦しくなると、こらえていた体の力が徐々に抜けて行く。
それと共に夜空の暗さとは別の暗さが目の前を覆って行く。
『ごめん、紀伊也 皆を頼む ・・・ 秀也によろしくな』
っ!?
フツっと紀伊也の脳波が切れた。
一瞬立ち止まった紀伊也は、自分の拳をぎゅっと握り締めると奥歯を強く噛み締めて目を閉じた。
何となくわかっていた事だった。
牢の扉を開けた時、そこに司がいなかった時からかなり危険な状況にあった事は察しがついた。
だが、後から必ず一人でも逃げ出せるだろう、司なのだから。そう信じていた。
しかし、送られて来た最後の言葉に最期だと感じてしまった。
「司っ」
噛み締めた奥から絞り出すように司の名を口にすると、紀伊也は再び目を開けて前に進んだ。




