第十三章(一)
第十三章(一)
『 ・・・ 紀伊也 ・・・、今夜、やってくれ』
『司? どうした?』
『今夜、オレの使令を集める。必ず騒ぎになるからそれに紛れて決行しろ。皆を無事に東京に帰してくれ。・・・、いいか、これは指令だ』
『わかった。 ・・・ 司は?』
『オレの事は構うな。 ・・・ 必ず後から行く』
『司? ・・・ 司っ!?』
突然弱々しく送られて来たテレパシーが切れてしまった。
司と紀伊也をつなぐ脳波も途絶えがちだ。太いロープが、今にも切れてしまいそうな蜘蛛の糸のように細くなっていた。
とてつもない不安が紀伊也の脳裏をかすめる。
“指令” 例え何があろうと絶対に従い遂行しなければならない。
失敗は許されないのだ。ましてやそれに逆らう事など断じて出来ない。
指令を受けた紀伊也の目はいつになく冷めた瞳をしている。
だが、その奥には何か納得のいかないやり切れない色が漂っていた。
紀伊也にテレパシーを送った直後、むせ返るような激しい咳が司を襲い、それと同時に体中が熱くなっていく。
バクバクと言う心臓の音が大きくなっていき、ドクンドクンとそれが今にも飛び出しそうな勢いで動いている。
体中が痙攣したようにピクピクと動き、体をくの字に折り曲げたまま時折もだえるように痛みとも息苦しさとも言えない苦痛に耐えていた。
一滴の水分でも吸収したかった体の細胞が、入って来た毒薬に一気に侵されていく。
何の抵抗も持たない今の弱り切った体では成す術がなかった。
次第に意識もぼんやりしていく。
しかし、今夜の決行まで何とか持たせなければならない。
司は侵されていく自分の体を何とか気力で耐えるしかなかった。
「晃一さん、しっかりして下さい」
牢の中で茫然自失になっている晃一に木村が声をかける。
「司が・・・」
「司さん!? 無事だったんですか!?」
皆の驚きの声にハっと我に返った。
今は悲観に暮れている時ではない。司と約束したのだ。
東京に帰ると。
それが今夜だった。
「今夜、紀伊也が助けに来てくれる。多分、これがワンチャンスだ。これを逃したり失敗したら死ぬと思え。 いいか、何が何でも逃げ出すぞ。絶対東京に帰るんだ」
「紀伊也さんが!? でも、どうやって・・・」
「知るかよ。とにかく俺は紀伊也を信じるし、ついて行く」
「わ、わかりましたっ。今日がワンチャンスですね」
木村は突然告げられたチャンスに、自分にも納得させるように言うと、皆を見渡した。
西村も岩井も佐々木も決意したように頷く。だが、相変わらず隅で膝を抱えている恩田はすっかり諦めているかのように外を向いたままだった。
そんな恩田に西村が近寄ると肩を抱いた。
「大丈夫。紀伊也さんと晃一さんを信じれば絶対助かるよ。絶対東京に帰れるから。皆で一緒に帰ろうぜ」
仲間を思う気持ちは誰でも同じだ。
皆の励ます視線にその心が通じたのか、恩田は顔を上げると西村を見つめた。
その目にはみるみる涙が溢れていく。
「皆で東京に帰ろうぜ」
もう一度言った。
恩田は唇をぎゅっと噛み締めると大きく頷いた。そして、溢れる涙を拭ってようやく笑顔を見せた。
しばらくして今日の作業が始まった。
だが、今日はいつもと違って枯れ木を集めただけだった。そして、それを広場の中央に積み上げて行く。
作業をしながら皆、物音一つしない小屋をちらちら見ては溜息をついた。




