第十二章(ニの3)
っっ!!
司は勢いよく飛び掛って来るアナコンダに悲鳴さえも上げられず息を呑んだ。
自分の気管支がつまり、吐く息が逆流して肺に向かって噴射するような感覚を覚えた。
次の瞬間、体を強く縛り付けていたアナコンダの体が自分の体から離れるように上昇した。だが、それと共にアナコンダの大きく開いた真っ赤な口が迫って来る。
っっ!!
もうっ・・・
ダメだと諦めて目を閉じた時、更に激しい衝撃を全身に受け、体を強くこすり付けられた。
アナコンダが自分の体を勢いよく這っているのだと分かった。
それも時間にしてほんの数秒だった。
ズザザザっっっ
最後にアナコンダの尾が這ったのだと分かった次の瞬間、ふと体が軽くなって、その殺気が自分ではなく、別の何かに向けられたのだと感じた時、恐る恐る目を開けてそちらに首を動かした。
それを見た時、更に息を呑んだ。
恐らくヤニ族の一人なのだろう。アナコンダの口から、腰から足の先までしか見えない体が突き出されていたが、それもあっという間に飲み込まれてしまった。
それを見ていた司は自分がこの上なく震えている事に気が付いたが、どうにもこうにもその震えを止める事が出来ない。それに、アナコンダから目が離せないでいた。
ゴクン と最後に獲物を飲み切ったアナコンダがゆっくりこちらに振り向いた。
満足気にほくそ笑むその黄色の二つの目が、次はお前の番だと言わんばかりに司を見つめる。
そして、ゆっくり頭を反転させると、林の奥に消えて行った。
ザザーーっっ・・・・
激しく降る雨に、皆の激しい息遣いが静かに掻き消されて行く。
はぁっ はぁっ はぁっ・・・
締め付けられる胸に、司は何とも言えない安堵感を覚え、天を仰ぐと黒雲から降り注ぐ雨に打たれ、ただ纏わりつく恐怖を洗い流すように拭っていた。
晃一は一気に全身の力が抜けてしまったようにその場に両膝を付いてしまった。
そして、気が抜けたように茫然と司を見ていた。
しばらくして雨足が弱まり、雨音もサーと静かになって行く。
そして雨が止むと同時に黒雲の隙間から陽射しが射し込んで来ると、あっという間に青空に変わって行った。
急に強い陽射しを浴びて誰もが目を開ける事が出来ない。
目を閉じて下を向いたとたん、息苦しさが司を襲った。
「晃一さん、司さんの様子、少しおかしいですよ」
木村が司の異変に気が付いた。
「 ・・・、 ほっ 発作だ ・・・」
「発作?」
「あいつ、元々心臓弱いから・・、こんな時にっ ・・・っ 、紀伊也は何処に行ったんだよっ!?」
喉の奥からヒューヒューと甲高い音が喘ぐように聴こえて来ると、その内に ゲホっ ゲホっ と渇いた咳をしては顔をしかめ、必死に痛みを堪える。
照り付ける太陽が濡れた地面に熱を与えると、周りは急激に温度が上昇し、牢内にいる皆もとたんにぐったりとし始めてしまった。
地面からは熱を帯びた蒸気も立ち上っていた。
しばらく経つと、地面が乾き出した。
そこへ数人のヤニ族が司を取り囲み、ロープを解いて柱から下ろしたが、ぐったりとした体は何の抵抗も見せずにそのまま抱えられて元の小屋へ連れて行かれてしまった。
じっとりと湿った服が熱を持ち、さらに息苦しく体に纏わりつく。
呼吸をするのがやっとの状態で誰も言葉を交わす事が出来ないでいた。
そのうちに頭がぼうっとのぼせていく。
「おい、皆大丈夫かっ、しっかりしろよっ」
今にも倒れそうになっている木村の肩を晃一が叩いた。
そして、他のスタッフの顔を次々に覗き込んでは励ました。
夜になり、遠くの方で何かの動物の鳴き声が聴こえた。
だが至って静かな夜の遠い空には、地上で起きている出来事に見向きもせず、星達が幾千と輝いていた。
このままどうなってしまうのだろう・・・
今まで心底頼りにしていた司は本当に生きているのだろうか。
あれから何の音も聴こえなくなってしまった。
昼間の出来事が夢であって欲しい、そう晃一は願っていたが、事実は現実なのだ。
星空を見上げながら、目を瞑る事が出来ないでいた。




