第十二章(一)
第十二章(一)
照り付ける太陽の下、広場の太い木の柱にくくりつけられたまま司はぐったりとしていた。
辛うじて息をしているものの、その息遣いは聞こえてこない。
頭を動かす事はもちろん、目を開ける事さえ容易ではなかった。だが、ここで意識を失えば二度と目を覚ます事がない事くらい状況を考えれば分かる事だった。
残された能力で全身に気を送りながら、薄っすら目を開け、ぼんやりする視界で地面を見つめていた。
『司、大丈夫か? ごめんな、ほっといて』
車の助手席のシートを倒し、コンビニで買って来た氷をタオルに巻いてそれを首筋に当てて寝かされると、秀也が心配そうに顔を覗き込んだ。
真夏の海辺で司は一人、波の上を滑っている秀也をずっと見ていた。
付き合いはじめて1年、秀也が夢中になっているサーフィンを、秀也のサーフィンを見たくて連れて来てもらったのだが、余りにも真剣で楽しそうな秀也につい目が離せなくなってしまった。
ふと気付いた時、余りにも体中が熱く、全身のだるさに驚き、立ち上がろうとしてそのまま倒れてしまった。
完全に日射病だった。
秀也に介抱されながら、自分の不注意に情けなくなってしまったが、秀也の優しさに甘えてみたくもなった。
『いいよ、もう』
『今度行く時は、パラソルとベッド用意するから』
『いい、もう行かない』
『 ったく』
脹れた司に秀也は苦笑すると、冷たいタオルを顔にかぶせた。
ヒヤッとして気持ちがいい。
『秀也、水』
タオルの下から怒ったように要求した。
すると、タオルが持ち上がり、秀也の顔が近づいて来たかと思うとそのまま唇を塞がれた。
温かい唇から冷たい水が注がれる。
ごくりと司の喉が鳴ると、秀也は顔を上げて笑みを浮かべた。
『ごめんな』
もう一度秀也は言うと、冷たいタオルを司の顔にかぶせた。
「司ぁぁっっ!!」
悲鳴に近い晃一の声が遠く方で聴こえた。
が、それも自分の名がはっきりと聴こえた訳ではない。
ぼんやりする思考の中で、あの時の秀也の謝る声が聴こえていた。
そんな事もあったな・・・
思わずフッと苦笑してしまった。
もう・・・
会う事もない。
そう思いそうになった時、ガクンと司の体の中で何かが落ちた。そして、それと同時に周りの音も聴こえなくなり、視界も閉ざされてしまった。
「あんな所で、・・・ ずっと居たら熱射病になりますよ」
作業から戻って来た皆は驚いて広場の柱に釘付けになってしまった。
遮るものが何もない。
草の一つも生えていない土と石だけの地面に立てられた柱に、両手を後に肩から足首までロープでぐるぐる巻きにくくりつけられている司は、身動き一つせずに頭をだらりと下げていた。
今朝からずっとあの状態だったのだろう。
それを考えると、全員息を呑んだ。
今日の作業中は珍しく雨が降らなかった。お陰でバテるのが早く、木陰で休憩ばかりしていた程で、監視の原住民も少し苛立っていたが、こればかりは仕方がないと諦めたくらいだった。
「せめてスコールでもありゃな・・・」
晃一は呟くと、祈るように青い空を見上げた。
それでも焼き付くような太陽の光線は容赦なく襲う。
今まで太陽の光に救われていたが、魔のように敵となる事があるのだ。その残酷な光に晃一達は脅威を覚えた。
『自然の脅威とは、1つのものが相反する力を持つという事だ。いつもはその恩恵にあずかって生きているオレ達だが、時にはそれが破壊をもたらす事がある。そんな事は分かっていても、破壊されると今までの恩恵を忘れちまってその事が当然あると思ってしまうのが人間だ。そして利便性の為に、自ら破壊するんだ。自然と共存しようなんて言ってるが、そんなの奇麗事だ。実際共生しようとすら思っていない』
以前、太古の森で、環境問題に触れた会話の中で司が言った事を思い出した。
相反する力・・・ 司、お前はそれに殺されそうになってるんだぞっ
晃一は心の中で呟くと、唇を噛み締め、司から目を離さずにいた。




