第十一章(四の2)
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いくら毒には免疫がある体と言えども、相当な勢いで体力を消耗してしまっては、さすがに司も自分の治癒力だけで快復する事は不可能だった。
激しい喉の渇きと高熱で目が覚めたが、体を動かす事は無論の事、首を動かす事さえ出来ず、ただ視線だけを漂わせた。
ここが何処なのか分からないが、薄暗い小屋の中だという事が感覚で分かった。
どうやって運ばれたか覚えていないが、毒矢を右腕に受けて気を失ってしまったのだけは理解出来た。
どうやらヤツ等に捕らえられてしまったのだと分かると、諦めたように苦しい息を吐いた。
どの位気を失っていたのか分からないが、今が朝だという事は何となく差し込む明りで分かる。
再び目を閉じかけた時、小屋の扉が開き、誰かが入って来た。
目を開け、ぼんやり映る視界に人の顔が映った。が、それが誰なのかはっきり確認出来ない。
ただ、自分の右腕を取り、傷口に薬草を貼り直している手が老女のものだと分かった。
「うっ ・・・ くっ ・・・」
意識が戻っているせいか、傷口がひどく痛む。思わず呻き声を上げてしまった。
それに気付いた老女は、司の顔を覗きこむと、入口に向かって何か言った。
しばらくして、数人の男が器を持って現れた。
二人の男に両脇を抱えられて起されたが、瞬間頭が割れるように痛む。
「 っつぅ・・・、はぁっ はぁっ ・・・」
口から漏れる息が異常に熱いのを感じた。
水が欲しい・・・
そう思った時、口元に器が当てられ少し黒ずんだ水が唇に当たった。
が、次の瞬間、司は思い切り頭を横に振ると、口に入ったその水を吐き出し、力の限り片足で目の前の男の腹を蹴った。
ガタっ ガタっ ガッターンっっ ・・・
男は蹴り飛ばされて器を放り投げると、小屋の壁に激突して悲鳴を上げた。
両脇を抱えていた男達は何やら叫んで司の体を放り投げたがそれ以上の暴力はなく、全員が小屋から出ると、勢いよく扉が閉じられた。
あんなもの 飲めるかよっ
司は、はぁはぁ喘ぐように息をすると再び目を閉じてしまった。
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作業を終えて村に戻った晃一達はすっかり疲れ切っていた。
出された水が生水だとは分かっていたが、貪るように飲んでいた。
だが、1ヶ月近くもジャングルの水を摂取していたからか、体が慣れてしまったからか、すぐに体を壊す事はなかった。
夕方近く食事を取っていた晃一は、再び板張りの小屋から激しい物音と原住民の怒ったような声を聞いた。
「何なんですかね?」
木村も気になってそちらを覗く。
「わかんね」
疲れたように晃一は呟くと、食事を終えて両足を投げ出して格子に寄り掛かった。
翌朝早く、人の声と慌しく動く物音に目を覚ました晃一は、あっと目を見開くと格子の外の広場に釘付けになった。
広場の中央に立てられていた大きな丸太の1本に人がくくりつけられていたのだ。
だらりと垂れた頭で顔こそはっきり確認する事は出来なかったが、射し込む太陽の光に反射して金色にも見えるあの薄茶色の髪が司である事を示していた。
「司っっ!?」
声の限りを出して叫ぶと、全員が一斉に起き上がり、格子の外に釘付けになった。
「司ぁぁっっ!!」
もう一度叫んだ。が、その後すぐに自分の息が苦しくなって、はぁはぁと息を整えた。
「司っっ!! ・・・ はぁっ はぁっ ・・・」
それでももう一度声の限りを出して叫ぶと、ようやく頭が微かに動いた。
「司っっ!!」
もう一度晃一が叫んだ時、長く伸びた前髪が少し揺れ、その下から疲れ切った琥珀色の瞳が覗いて目が合った。
司は何も言わなかったが、その唇の端がニッと持ち上がって笑ったような気がした。
「ばっかやろ・・・」
晃一は呟くと、くるりと向きを変えて司に背を向けてしまった。
「あ、あれ? 晃一さんっ ちょっと ・・・ 司さん何か飲まされますよ」
木村に突付かれ、再び広場に顔を向けると、3人の男が司に近づき、一人が司の頭を上に向かせ、一人が手にしていた器を司の口に持って行く。
が、次の瞬間、司は頭を思い切り横に振ってそれを拒んだ。が、尚も司の頭を押さえ、それを飲ませようとしている。が、更にそれを拒んで器を弾き飛ばしてしまった。
中の水がひっくり返ってこぼれた。
「何、やってんだ?」
「まさか、水を拒否してんですかね?」
「この際腹くくって飲めよ。 こんなとこまで来てお嬢様気取りかよ」
晃一は半ば呆れたが、いつものように剣で脅されて小屋を出ると、司を気にしながらも林の中へと連れて行かれてしまった。




