第十一章(一)
第十一章(一)
完全に陽が昇り、仕度が整うと全員が意を決したように出発した。
事前に司と紀伊也で滝の上に出られそうな道を調べていたので、それに沿って歩いていた。
入り組んだ長い上り坂が続く。
時々、土の窪みが階段のようにもなっている。湿った地面に足が滑らないよう注意しながら進んだ。
どれ程歩いただろうか、晃一は自分の時計に目をやってチッと舌打ちしてしまった。
デジタルの数字がいつの間にか消えていた。
司と目が合うと思わず苦笑いを浮かべ、腕にはめていた時計を外すとズボンのポケットに突っ込んだ。
はぁっ はぁっ と、皆の息が切れ、少し広けた草地に出ると、司は座り込んでしまった。
さすがに疲れる。
全員が座り込んで乱れた息を整えながら体を休めた。
両手をついて上を見上げると、高い木々に囲まれて陽の光が遮られている。濃い緑の隙間から僅かに光が漏れていた。
気が付くと滝からはだいぶ離れてしまったようだ。いつの間にか水音がしなくなっていた。
「川沿いじゃなかったみたいだな」
隣に座った紀伊也に申し訳なさそうに言ったが、紀伊也も苦笑しただけで何も言わずに乱れた息を整えていた。
能力者といえどもさすがに二人共に体力がかなり落ちていた。
「悪ィ、ちょっとションベン」
疲れたように晃一は立ち上がると、数メートル先の木の方へ歩いて行った。
ガツっ
ザザァァァーーーっっっ・・・
うわぁぁぁっっ・・・
一瞬の出来事だった。
何かにつまづきそうになった晃一は、不意に片足を絡み取られ、物凄い勢いで宙吊りになってしまったのだ。
シュっっ
「危ないっっ!!」
更に少し離れた木の陰から宙吊りになった晃一目掛けて何かが飛んで来る。
ガッ
瞬間司が持っていた枝をそれに向かって投げ放つと、晃一の目の前で弾け飛んだ。
「晃一っっ!!」
司と紀伊也は地面を蹴るように走り出した。
「大丈夫かっ!?」
逆さまに宙吊りになった晃一の真下まで来ると、辺りに警戒しながら見上げた。
青ざめた晃一には返す言葉もない。
「待ってろ、今下ろしてやる」
そう言って司はナイフを片手に握ると、地面を蹴ってジャンプして木に登り、両足を幹に絡めると、上半身を晃一の方へと運んだ。
「切るぞ」
下で構えた紀伊也に合図を送ると、晃一の片足に絡まったロープをナイフで切り離した。
「うわっ」
晃一が下に落ちるのと同時に司も飛び降りた。
全員が晃一の傍に集まった。
その表情は再び恐怖と緊張に強いられこわばっている。
晃一に水を飲ませたスタッフは、司と紀伊也がロープと弾き飛ばした矢のようなモノを手に、何か話しているのを見守っていた。
「罠だ」
「あそこから飛んで来たぞ」
紀伊也の指す方に目をやり、そこからこの木の下までに何かのツルが伸びているのを見つけた。
「すげェな、完璧な罠だ。 けど・・・、これ ・・・、毒だ」
司は矢の先端についた石のやじりを指でなぞり、それを舐めて顔をしかめた。
「毒矢か・・・、司 もしかして・・・」
「ああ、何かすっげェ イヤな予感して来た」
二人は顔を見合わせると、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「司ぁ、・・・ 今度は何ィ?」
足をさすりながら今にも泣き出しそうな声を出した晃一は、二人を交互に見上げた。
「紀伊也、コンパスは?」
「 ・・・、 うん 大丈夫」
紀伊也は自分の時計の文字盤を開けると、コンパスが正常な事を確認してホッと息を吐いた。
「晃一、心配するな。このまま何もなければ3,4日で必ず出られる」
「ホントに?」
司は無言で頷くと晃一の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「行くぞ」
「えっ、もう?」
「ああ、休んでるヒマはない。罠がかかったんだ。その内獲物を取りに誰かが来るぞ」
「誰かって?」
「とにかく早く行くぞ」
晃一の腕を掴むと、その場から逃げるように足早に歩き出した。
風が吹き、ワサワサと木の葉が揺れる。
彼等の草木を踏み潰す足音だけが妙に浮いて響いていた。




