第一章(三の2)
ん?
更にそれに焦点を当てようとカメラを廻した。
「来たっ!!」
司が声を上げると同時にカメラマンに向かって何か大きな黒い塊が襲いかかった。
ザザーーっっ
シュっ ドサっ
一瞬の出来事だった。
一匹の大きな牙を持ったジャガーが飛び掛って来たのを、一瞬早く司の右手から放たれたナイフが、ジャガーの喉元に突き刺さると、カメラを放り投げたカメラマンの真横に倒れたのだった。
誰一人として声を上げる事が出来ず、固まってしまったように足が動かない。
その内、辺りに獣の唸り声が響き始めたが、それも束の間でしかなかった。
ザザーーっっ
大きな音が響き渡った瞬間その場は大パニックに陥った。
「逃げろーーっっ」
「うわーーっっ 助けてくれーーっっ!!」
ギャーーっっ
あちこちで悲鳴が上がる。
「うわぁぁっっ」
悲鳴が上がった。
見れば大きなジャガーが一頭、前足二本を今にも秀也の肩に掴みかからんばかりだ。
ドサっ
大きな口と牙が突然動きを止め、それがゆっくりと横に倒れるとその向方に肩で息をした司が立っていた。
「司・・・」
目を見開いたまま辛うじて息をしながら司を見ていたが、更に目を見開くとその背後に視線を移して息を呑んだ。
その瞬間、目にも留まらぬ速さでくるりと反転しながら片足で思い切り蹴り上げた司のすぐ先に、蹴り飛ばされた黒いジャガーが再び体制を整えて身構えていた。
「司っ!!」
一歩踏み出そうとした秀也に誰かがドンっとぶつかる。
「秀也っ、構うなっ 逃げろっ 」
一瞬振り向いた司が叫んだ瞬間、黒いジャガーが牙を剥いて襲い掛かって来る。
うわっっ
ドッと倒れると、右手のブレスレットにその牙を噛ませ、必死に抑えた。
「司っっ!!」
「早く逃げろっっ」
仰向けになった司と誰かに抱き抱えられるように連れて行かれる秀也の目が合った。
「東京で会おうぜっ」
一瞬ニっと司は笑って秀也から目をそらし、目の前の狂ったようなジャガーの目を冷酷な琥珀色の瞳で睨み付けると、力の限り両脚をしならせてその腹を思い切り蹴り飛ばした。
グワっっ
大きな口が開いて獣が飛び退くと、素早く立ち上がりナイフを抜いてそれを放った。
急所を外れ、怒り狂ったジャガーが再び飛び掛って来る。
が、司は顔色一つ変えずにそのままジャガーの懐に飛び込んで行った。
ぐわぁぁっっ・・・
獣の雄叫びが響いたかと思うと、そのまま後ろに引っくり返るように倒れ、その黒い大きなジャガーは動かなくなった。
はぁっ はぁっ はぁっ・・・
司は息を整えながら倒れた獣に近づくと、心臓に突き刺さったサバイバルナイフをぐっと抜き取り、肩に刺さっていたタガーナイフも抜くと、再びそれらを握り直して辺りを見渡した。
荷物が散乱し、草や枝が踏みにじられている。
そして、5頭のジャガーが血に染まって倒れていた。
殆んどのスタッフが逃げ出せたのだろう。少し離れた所に一人が後ずさりしながらこちらに向かって来る。
何か居るようだ。
ザザっという音と共に大きな葉の間から覗かせたその巨大な獣を見た瞬間、司は息を呑んだ。
黒に白いまだら模様の毛皮をまとったその四つ足の獣は、先程のジャガーの倍ほどはあるだろうか。
口には長く尖った巨大な牙を二本携えていた。
サーベル・タイガー ・・・!?
その姿が完全に現れた時、辺りは異様な空気に包まれた。
ザワザワと木々が揺れているようだ。
風は吹いていないのに生温かい空気を頬に感じる。
これは現実なのだろうか
しかしまるで、異世界に居るような感覚を匂わせている。
スタッフが司に気付くと、少し足早に傍に寄った。が、話す言葉もない。
ただ息を呑んで、目の前の巨大な獣を見つめるだけだった。
じわりじわりと自分を取巻く空気が圧迫するように纏わりついて来る。
首筋にはいくつもの汗が流れた。
赤く光った二つの目が、二人の侵入者を見定めするように見据えている。
捕らえた獲物は決して逃しはしない。能力者狩りのタランチュラの異名を持つ司でさえも動く事が来ないでいた。
その時少し遠くで ガサっ ガサっ ザザザっっ と何かが駆けて来る音がした。
二足歩行の生き物が走っている音だ。
司がそちらに目をやる。
ザザザっっっ
大きな葉の影から見た事のある人間が血相を変え息を切らしながら飛び出して来たが、目の前の獣に気付くと、ギャーっと悲鳴を上げ、脇目も振らずに逃げ出した。
その瞬間、大きな獣の目が光り、グワっと牙を剥いて反転して地面を蹴ると、後を追い出した。
「今だっ、逃げるぞっっ」
司はスタッフの手を掴むと振り向いて出口の方を向いたが、何処にもそれらしき影が見当たらない。
確かに秀也達が出て行った方に体を向けた筈だったのだが・・・。
急いで辺りを見渡すが、入って来た筈の大きなシダの葉は見付らない。それどころか周りは同じような葉で覆い尽くされている。
どういう事だっ!?
しかし、考えている余裕はない。
司は獣とは全く反対の方向に走り出すと、大きな葉をくぐり抜けて走った。
微か遠くの方で、ギャーっっ という人間の悲鳴が聞こえ、一瞬二人は立ち止まった。
「さっきのガイド・・・」
スタッフは息を呑んだ。
「考えるなっ」
司は吐き捨てると、スタッフの手を掴んだまま草を掻き分け、足早に奥へ進んだ。
どれ程歩いただろうか。倒れた大木を見つけると、二人は息を切らしながら座った。
はぁ はぁ はぁ ・・・
「大丈夫か?」
「何とか ・・・ 司さん、飲みます?」
「サンキュ」
キャップの開いた水筒を差し出され、ホッとしたように受け取ると、一口飲んで返した。
スタッフは返された水筒を口につけると、ぐびぐびと飲んで大きな息を一つ吐いた。
「お前、名前は?」
テレビ局のスタッフの名前など一々覚えない。それどころか何度会っても顔すら覚える事はない。というより司には元々覚える気などないのだろう。
手にしていたタガーナイフを腰に巻いたベルトにしまうと、サバイバルナイフについていた血を大木の皮に擦り付けた。
「木村です。音声担当の」
「そ」
っ!?
木村が何か言いかけたが、司は気配を感じてナイフを握り直した。
木村にも緊張が走る。
が、司はすぐにホッとしたように息を吐くと立ち上がって木村に向かい、ついて来いと手で合図した。




