第九章(一の2)
ファヴォス村へと続く道の入口にある石に司はナイフで×印をつけた。
そして、太古の森から入って来た道の入口の石にも×印をつけたが、これは○で囲んだ。
「さぁて 晃一くん、どっちから行きたい?」
司が二つの石をおどけたように指すと、晃一もおどけて腕を組み、眉間にシワを寄せた。
「さぁて、どっちにするかな? って どっちも同じだなぁ ・・・ う〜む ・・・」
「早くしろよ。どっちも同じならどっちでもいいだろ」
「よし、こういう時はだな、コイントスで決めようぜ」
そう言うと晃一はズボンのお尻のポケットのファスナーを開けると、そこから1ドルコインを出した。
「チっ 勝手にしろ」
司は呆れると、晃一の放ったコインを目で追った。
裏か
「よし、左だ」
指された方は、太古の森へ続く道の向かい側に当たる。
何気に司はその石に線を一本入れると、石の後ろから微かに続く細い道へ足を踏み入れた。
当てもなく彷徨うように足元の植物を枝で払い除けながら進んだ。
やはり道らしき道が続いていたのだ。
時々目の前を立ち塞ぐかのように大木が倒れ、その上を渡るかくぐり抜けるかしていた。
「晃一、気をつけろよ、ヒルだ」
革靴のつま先に張り付くように乗っている真っ黒い色をしたぬめっとした生き物を枝で拾い上げると、遠くに放り投げた。
「気持ち悪ィな。 しかもデケぇし。 んだよこのヒル!?」
気味悪がって晃一は首をすくめると、自分のすぐ後ろを歩いている木村に足元を指しながらヒルに注意するよう言った。
しばらく歩いた所で、後ろの3人から悲鳴が上がった。
立ち止まって振り返ると、岩井と佐々木が足元をバタつかせ、紀伊也が自分の足に絡みつくヒルをナイフで落としながら2人の足に絡みつくヒルを払っていた。
どうやら前を歩いていた4人が、ヒルの群れに刺激を与えてしまったらしい。
アリの巣を崩して次から次へと出て来るように、ぬるぬると手の平の半分程の大きさのヒルが群れを成して襲い掛かって来る。
「ひでェな」
3人に近寄った司は呟くと、枝で払い除けながら引っ張り出すように岩井と佐々木を助け出した。
「大丈夫か?」
息を切らせた紀伊也に声を掛けると、少し苦笑いを浮かべて頷いた。
「うわぁっ 何かいるっ!?」
岩井が自分のふくらはぎに手を当てて悲鳴を上げた。
慌ててズボンの裾をめくり上げると、黒いぬめっとした生き物が張り付いている。
うわっ
司と紀伊也を除く皆は一歩下がると、ギョッとして遠目に見てしまった。
「 ったく・・・。 ちょっと痛むが我慢しろよ」
そう言って司はナイフを抜くと、刃を足に当て、ピタッと吸い付くように張り付いているヒルをそっと、しかし力を込めて引き剥がした。
ヒエっ
瞬間赤い血が溢れるように流れる。
いつの間にか用意されたガーゼのスカーフを紀伊也から受け取ると、傷口を急いで止血するように器用に巻いた。
「よし、大丈夫だ。 ・・・ 少し休むか」
手当てを終えて立ち上がったが、誰も頷かない。
「もう少し歩こうぜ。 ちょっとここは落ち着かねぇよ」
皆を気持ちを代弁するように晃一が言うと、同意するような視線が集まった。
「ふ〜ん」
何の表情も変えずに司は鼻を鳴らすと、枝を拾い上げて再び先頭に立って歩き始めた。
?
しばらく歩いた所で司は首を傾げた。
「あれ?」
「え? ・・・ うっそだろ ・・・ ええーーっっ!?」
広場に出た瞬間、司はきょとんとしてしまい、すぐ後ろを歩いていた晃一はすっとんきょうな声を上げると、司を押しのけ、広場の中央に立ち尽くしてしまった。
後ろにいたスタッフに至っては同じように口を開けたまま茫然としてしまい、紀伊也でさえも声を発する事が出来ないでいた。
何と、先程出発した広場に戻って来てしまったのだ。
しかも、彼らが入って来た石には最初に太古の森から入って来たとされた○で囲んだ×印が付けられていた。
全員が茫然と納得いかないような面持ちで立ち尽くしてしまっている。
「どっかで道、間違えたんですかね?」
木村が言った。
「いや、それはないと思う」
「じゃあ、どっかで見落としたか?」
先程出発した石をじっと見つめている司に晃一が訊いた。
「可能性はあるな」
少し険しい表情をした司は呟くように言うと、黙って晃一と目配せをして紀伊也に振り向いた。
「ちょっとオレ達で確かめて来るからこいつらを頼む」
そう言って晃一の肩を軽く叩くと、当然のように二人は足早に密林の奥へと入って行った。
「紀伊也さん、二人だけで大丈夫ですか? もし、何かあったら・・・」
「心配ないよ。 晃一は意外と野生の勘が鋭いからな、迷っても必ず戻って来れるし、あの二人は相性悪いけど、悪運強いから」
心配そうに二人の後姿を見送った木村に紀伊也は笑みを浮かべて答えた。




