第八章(五の2)
すっかり安心しきってしまったように眠っている。
が、司はその轟音にとうとう耐え切れず体を起こすと、隣で大いびきをかいている晃一の鼻を摘まみあげた。
「うがっぁっ 」
しかし、起きる気配もなければそれが止む事もない。それに加え、他のスタッフからもその音が聞こえる。
チっ
司はムッとして髪を掻き毟ると、立ち上がって外に出た。
先程の宴とは打って変わって、中央の炎を消え、辺りはすっかり暗闇に包まれ、ひっそりと静まり返っている。
が、人の生活している所だという気配とその微かな温もりを感じるような静けさだった。
月灯りが地面を静かに照らしていた。
歩き出すと、不意に自分の胸元が温かくなっているのに気付き、そこに手を当てた。
首にぶら下げた赤い石がほのかに赤味を増しているように思え、それを取り出すと手の平に乗せた。
月灯りに反射して琥珀に近い赤に光る。
何とも言えない美しさに思わず見惚れていた。
とある物体の前で立ち止まると、その石が更に熱を持ち光りを強めたような気がした。
「そこはファヴォスの神殿という」
背後から響く厳かな声に振り向くと、いつの間にか族長シーメが一人で立っていた。
「そのように言い伝えられているが、事実蜂の巣というものだ。そなた達を囲んでいた蜂の大群というのは、恐らくここから出て来たのであろう」
「ここから?」
「恐らく。 しかし、それを見た者はいない」
「 ・・・。 あなた以外に、だ」
少し間が開いたが、司は思い切ったように言った。
能力者は例え何があっても信じる事は出来ない。これが司の鉄則だ。
「聖なる森の扉が開かれてしまったのだ。あれからもうすぐ100年になる。その前に扉を閉じなければ大惨事を招く事になる」
「100年?」
「あれは私がまだ子供の頃の話だ。当時の族長だった私の父が、族長集会から戻って来た時、村は大騒ぎになった。
聖なる森の碧き石が何者かによって持ち去られたというのだ。 それから異変が起きた。 周囲の湧き水はことごとく腐り、毒水に変わった。 それに、時々怪物のようなアナコンダや蜘蛛が現れ、人々を襲った。
そして、この村の守護神であるファヴォスもその姿を見せなくなり、他の村を襲うようになったと聞いている」
「この石との関係は?」
月灯りに照らされ、ほんのり温かい光を放つ赤い石を見せた。
「その石は父が持っていたものだ。いつ何処で手に入れたのかは伝えられていない。 ただ、私が思うに、この石は我等の守護石とは偽りのもの、実は持っていてはならぬもの、と考えておる」
「 ・・・、 どういう事?」
司の問いかけにシーメが答えようか否か、じっと司を見下ろす。
深い息を吸い、思い切って言いかけた時、気配を感じてそちらに視線をやった。
「あの者は?」
「ああ、仲間だ。 どうした、紀伊也?」
少し離れた所で見守るように立っていた人影が近づいて来ると、月灯りにその姿が映し出された。
少し心配したような表情をしていた。
「相変わらず心配性だな。 アイツ等がうるさくて眠れなかっただけだよ」
苦笑しながら言うと、司はシーメに答えを聞く事も忘れ、軽く頭を下げると紀伊也の肩に手をかけて戻ってしまった。
二人の後姿を見送るシーメは、一度月を見上げた。
そして、二人の背後に映し出された影に驚くと同時に、何かを確信したように頷き、二人に背を向けた。
そして、目の前の塔のような蜂の巣に向かってひざまづいた。
「あの者に定められし命に、ファヴォスのご加護があらん事を」




