第八章(四の2)
「何故、お前はここに来た?」
族長シーメの目が幾分警戒するように鋭くなる。
「来たくて来た訳じゃねぇ、そいつに導かれて来たまでだ。オレにもよく分からない」
そう言って司はシーメの持っている杖の先端を指した。
「ファヴォスに?」
「ああ ・・・ これと関係あるのかな?」
司は頷くと手をポケットのズボンに入れ、途中で拾った赤い石のペンダントを握ってそれを出すとシーメの前で広げて見せた。
一瞬その石が光ったように見えた。
「おおっ、これは!?」
驚きの声を上げて一歩下がると、傍で控えていた男達も顔色を変えて引いた。
「これは何だ?」
シーメが手を伸ばしその石に触れようとしたが、司は素早くその石を握り締めて自分の胸元に持っていく。
それを見たシーメは諦めたように手を下ろした。
「神聖なる守護石。 以前に我等の村から姿を消したのだ。ずっと探し続けていたが見つからなかった。お前は何処でそれを手に入れたのだ?」
余りにも穏やかに話すシーメに、敵意が全くない事を感じた司は、警戒していた気を少し緩めた。
それに反応した紀伊也もホッとしたように息を吐いた。
「途中で拾ったんだ。そしたら蜂の大群に囲まれ、そいつが現れた。で、仕方なくついて来た訳だ」
司は事の経緯を話した。
「ファヴォスに導かれし者、聖なる森の扉を開きその定めに従う」
族長シーメが、厳かに司の手に握られた石を見つめながら呟くように言った。
瞬間司の顔色が微かに変わったが、皆に通訳していた紀伊也にはその呟きは聞き取れなかった。
夕陽の色が濃いオレンジ色に変わって来た。
空を見上げたシーメが、従えていた男達に何やら指示すると、司を除く一行は彼らに丁寧に促されて村の広場の方へ案内された。
不安気に司に振り返った晃一に苦笑すると、
「心配するな」
とだけ言った。
全員を見送り、司が後に続こうと一歩行きかけた時、シーメの杖がそれを制した。
「お前は何者だ?」
「 ・・・ 」
「昨夜、夢に幻のタイガーが現れた。 が、そのタイガーは何も語らずにただ私を見つめるだけだった。 その瞳の色に私は驚いた。何故ならその色が変わっていたからだ。 そう、お前の瞳と全く同じ色をしていたのだ。 お前は一体何処から来たのだ? そして何の為に此処に来たのだ?」
「 ・・・ 」
司にはどう応えていいのか分からない。
自分でもよく分からないのだ。何故、太古の森に入ってしまったのか。しかもその森の存在すら信じられていないのだ。現実なのか幻想なのかどう理解していいのか分からない。
「応えなければ、彼等の命はないぞ」
広場の中央で燃える大きな炎の前に座らされ、一見歓迎されるようにもてなされている皆に、族長シーメの冷たい視線が鋭く送られる。
「聖なる森から来たのは事実だ。でも、何故此処に来たのかは分からない。オレ達は・・・、いや、オレは何の為にここに導かれたのかも分からない。 あのサーベル・タイガーを使令にしたのはこのオレだ。 だが、ヤツは自分から使令に下った。 ヤツは、オレの能力を試す、聖なる森の真実を知れ、そう言った。 でもオレには・・・、何をすればいいのかよく分からない」
何もかも見抜いているのだろう。
自分が能力者である事を隠していても仕方のない事だとすぐに解った。
何故ならこの族長シーメも能力者だったからだ。
敵なのか味方なのか判断は出来なかったが、司はそう応えていた。
それも驚く程素直で正直に応えていた。
「直に太陽も沈む。さぁ食事にしよう。 我等はそなた等を歓迎する」
先程とは打って変わって穏やかな表情で司を受け入れていた。
司は底知れぬ安堵感を味わうと、ホッと一息ついて彼の後について行った。




