第八章(二)
第八章(二)
翌朝、熱もすっかり下がり、三日ぶりに元気な姿を見せた司に全員が安心したように挨拶を交わす。
「おはようございます。今夜のキャンプファイヤーの準備はバッチリですからね」
岩井に言われ、思わず笑ってしまう。
「そんなら 野外ライブでもするか?」
そのセリフに晃一が口笛を鳴らすと、紀伊也も口笛で応えた。
濃い緑に囲まれ、澄んだ空気に皆の笑い声が響いた。
それに応えるかのように遠くで鳥のさえずる声が聴こえる。
これが遭難という形ではなく、休暇中の気分転換で訪れたキャンプであったならばこの清々《すがすが》しい朝の空気ももっと心地良いものであっただろう。
が、現実にはそうもいかない。
徐々に彼等を包む空気も暑さを増し、それに加えて湿度も上昇して来ると、息苦しささえ感じて来る。
「ふーん」
紀伊也の説明に腕を組んで聞いていた司は辺りを一周見渡すと、再び紀伊也に向いた。
司が倒れている間に、この近辺を少し見て回っていたのだ。
この広場を囲むように密林が広がっているのだが、自分達が通って来た道らしき道の他にも、似たような筋が三本あるのだという。
しかし、それらも熱帯の植物に覆い尽くされ、それが本当に道なのかも分からない。
そして、この広場の中も少し不思議に思って考えてみたのだが、それがただの憶測に過ぎないのかどうか司に訊いてみることにしたのだ。
「確かに紀伊也の言うようにこの石の配置は妙だな。 それに、これなんか意図的に削ってあるようにも見えるし、磨かれてもいるみたいだしな」
そこで一旦言葉を切ると、後ろを振り返り、一度大木を見上げると、その下に置かれた平たい岩に視線を落とした。
そして、再び広場の中央に向き直ると皆を呼んで、各々《それぞれ》の石の前に立つように言った。
「等間隔だな」
思わず晃一は感心したように呟いた。
大木の前にいる自分を中心に、スタッフ一人一人を見渡すと、見事にその立ち位置の距離が同じように見えたのだ。
「完璧だな」
晃一の勘を確信させるように言った司に思わず振り向くと、とても冷めた表情で広場に立つスタッフを見ていた。
その隣に立っていた紀伊也にも表情はなく、さめた眼差しで同じように広場に視線を送っている。
「お、おいっ、また何かあんのかよ?」
思わず息を呑み込みながら訊いた。
「さぁ、何があるのかよく分からんな。 何もない事を祈りたいけど・・・」
そう言ってふっと苦笑すると、ポンと片手を晃一の肩に置いた。
太陽も高く昇り、陽射しが広場の中央に鋭く差し込む。
どの道を行けば良いのか検討も付かず、とりあえず自分達の入って来た道の一番近くの石の後方から行く事にした。
再び司を先頭に、次に晃一、スタッフと続き、最後尾に紀伊也が続く。
太い枝で足元の草木を掻き分け、目の前にぶら下がる葉や茎を腕で払いながら一歩一歩踏みしめるように前に進んだ。
時折、足を絡み取られ、お陰で歩く速度は今までで一番遅く、しかも余計な体力まで使い、疲労感も一番に感じる。
「少し休むか」
幾分開けた所に枯れた大木が転がっている。
司が足でそれを蹴ると、大木の穴から黒やら黄色やら茶色の昆虫達が驚いて出て来る。
「うわっ」
思わず晃一とスタッフが飛びのくと、司はチッと舌打ちして、辺りを見渡した。
遠くの方で甲高い獣の鳴き声が聴こえる。
間違いなくジャングルの中に居た。
「どこか一晩過ごせそうな場所を探さないとな」
厳しい表情をした司のその言葉に自分達の置かれている状況の厳しさを思い知らされてしまう。
ん?
しばらく歩いた所で司は立ち止まると、落ちていたものを拾い上げて手の平に乗せ、まじまじとそれを見つめた。
「どうした?」
後ろから覗き込んだ晃一に、司は手の平のものを見せた。
「ペンダント?」
「だよな。 オレにもそうにしか見えないよ」
茶色の皮ひもを掴むと、その先端に赤い丸い石が揺れる。
「誰のだろ?」
「ていうか、何でこんなとこにこんなもんがあるんだよ」
晃一と司は不思議そうに顔を見合わせた。
司がペンダントを上に掲げると、丸い赤い石が光りに反射して濃い琥珀色を醸し出す。
「へぇ、綺麗な石だな」
晃一が感心すると、後ろから来た木村もそれを見て感嘆の息を吐いた。
先頭で立ち止まってしまった三人に、後ろから紀伊也が声を掛けると、司は「何でもない」と答え、ペンダントをズボンのポケットにしまい、気を取り直したように再び枝で草木を払いながら歩き出した。




