第八章(一)
第八章(一)
「司、気が付いた?」
ホッとしたような紀伊也の声に気付くと、温かい空気が体に当たっているのが分かる。
気だるい頭を動かすと、額から何か落ち、赤い炎が上がっているのが見えた。
辺りは薄暗いがまだ薄っすらとオレンジ色をしている。
夕方か・・・
ゆっくり体を起こすと、誰かの上着が落ちた。
皆が一斉にこちらを向き、ホッとしたような笑みを浮かべていた。
「おおっ、司 生き返ったかっ! ったく、心配かけやがって」
晃一は近寄ると、薪を一つ炎の中に放り入れ、司に木の塊を差し出した。
黙って受け取ると、中がくり抜かれ、カップになって水が入っていた。
「毒は入ってねぇよ、あそこの不思議な水だからな。 ま、賞味期限がどれ位かは知らねぇが、三日位なら大丈夫だろ」
「三日?」
「疲れが溜まってたんだろ。ずっと寝っ放しだったからな、お前」
そう言って晃一は司に背を向けると炎を見つめた。
余りに安心しすぎて、そのまま司を見ていたら思わず泣き出しそうになってしまった。
「この木の向方で倒れていたんだ。すごい熱だったから心配したけど、発作はなかったから安心したよ」
紀伊也は落ちたハンカチを拾うとそれを広げてパンパンと払った。
「三日って ・・・」
「そう、この二日間意識なかったから・・・。 相当疲労が溜まってたんだろ。 ごめん、俺がもっと気を付けていれば良かった」
紀伊也は申し訳なさそうに言うと、炎の向方側で長いツルを炎に当てて乾かしているスタッフに視線をやった。
「彼等も頑張ってくれたよ」
***
司が倒れているのを発見したのは、スタッフの中で一番若い佐々木だった。それでも司よりは年上になる。
年齢も体格も自分より劣る司に、今まで自分達がどれだけ頼って来たのだろう。
確かに知識や判断力は自分達の比ではない。が、しかし、体力の消耗は一番激しかった筈だ。
そんな事を急に冷静に考えた時、とてつもなく自分達が情けなくなってしまった。
動揺を隠し切れない晃一と、あくまで冷静を装っている紀伊也に、これ以上負担を掛けまいと、自分達の出来る事を探し、行動を開始した。
時には意外なところで、自分達の能力が発揮出来るというものだ。
岩井は、転がっている丸太を司のナイフを借りて裂くと、器用にも桶のような物とカップを彫って作った。
それに習って木村も岩井を手伝う。
佐々木と西村はツルを適当な大きさに切って乾かし、薪を作った。
昼間に突然のスコールに遭った時に、その桶に水を溜めて司の熱を下げる為に使った。
ただ不思議な事に、この大きな木の葉がちょうど雨よけになり、その下の岩の上に寝かされていた司も濡れずに済んでいた。
紀伊也と晃一が裏の林を見に行った時には、代わりにスタッフが司を看ていた。
夜も皆が交代で誰かが起きていた。
***
「ごめん、心配かけたな」
受け取ったカップに口を付けると、司は申し訳なさそうに呟いた。
自分一人だけが焦っていた。
自分は普通の人間ではないのだから、あの太古の森に迷い込んでしまった時、一人で皆を守らなければならないと思い込んでいた。
それが使命なのだと思っていた。
それ故、その彼等に余計な負担を掛けさせてしまった事に情けなくなってしまったのだ。
しかし、彼等にも何も出来ない訳ではなかった。
自分が倒れている間、紀伊也だけが負担を負っていた訳ではないと分かると、司は少しホっとしたように息を吐いた。
「彼等も頼りになるよ」
紀伊也が少し微笑ましそうに言うと、
「そうだな」
と、司も頷いた。




