第七章(四)
第七章(四)
「テキトーに、って言われてもなぁ ・・・ 紀伊也、どうすんだ?」
突拍子もない司の注文には慣れてはいるものの、後方の頭上から垂れ下がったツルの束に目をやって晃一は途方に暮れた。
「まぁ、テキトー、だな」
紀伊也は苦笑すると、短くなったタバコを足元にポイっと投げてつま先で押し潰した。
「しゃあねぇな、やりますか」
晃一も呆れたように苦笑すると、タバコを地面に押し付けて立ち上がり、後方に生い茂るツルを見上げた。
「意外と丈夫だな」
感心したように晃一はツルの一本をぐいっと引っ張った。
わさわさと回りの草木が揺れる。
少し離れた頭上から鳥が飛び立つ音が聴こえて一瞬ビクッとすると、周りにいたスタッフも同じように首をすくめて辺りを用心深く伺った。
「心配するな、もう怪物は出て来ないから」
ツルの束を引っ張りながら上方を調べるように見ていた紀伊也が言うと、少しホッとしたように皆顔を見合わせた。
ガシャ ガシャ
紀伊也がツルを思い切り揺らしながら引っ張った。
ポトリ
何かが晃一の目の前に落ち、瞬間広げた手の平に何かが乗った。
ヒヤリとした感触にギョッとした。
「うわっ 何だこれっ!?」
慌てて手を払うと、下に落ちる。
見れば、薄緑色をした青虫のようだ。何かの幼虫だろうか。
「ああ、ごめん。 気を付けろよ、その色なら問題ないけど、たまに毒を持ったヤツがいるから。 ちょっと遠くに離れてて」
平然と言い放つ紀伊也に唖然と見つめると、晃一はツルの束に飛びついた紀伊也に驚いて後ろに下がった。
普段からクールでおとなしく、派手な事が苦手で、ライブの時でさえ何のパフォーマンスを見せない紀伊也が木登りを始めたのだ。
しかも司並みの跳躍力としなやかさだ。
思わず呆気に取られた。
「あのプラス3Cが・・・、うっそだろ・・・」
「何ですか、 プラス3Cって?」
隣で同じように呆気に取られた西村がボソっと訊く。
「ん・・・、Cool、Clean、Clever」
「 ・・・ はぁ 」
「俺が言ったんじゃねぇよ、司が言ったんだよ」
一瞬間の開いた沈黙に慌てて付け加えた。
「もっともアイツは3高だから、それに プラス3Cって、ヤツ」
「 ・・・ 」
「完ペキだろ?」
「ですね」
二人は顔を見合わせると、表情なく頷いた。
ガッ ガッ
ガサガサっっ
ツルの上の方で姿の見えなくなった紀伊也が何かやっているのか、物凄い音が聞こえる。
「おーい、大丈夫かぁっ!?」
「ちょっ、離れてろよっ 」
声と同時に、ズザーーっっ っと、ツルの束が落ちて来たかと思うと、それと一緒に紀伊也が飛び下りて来た。
器用に着地し、髪についた小枝を手で払うと、手にしていたナイフをしまった。
どうやら根元から切り落としたようだ。
「すっげェな・・・、 紀伊也ってそんなに運動神経良かったっけ? お前、何かスポーツやってた?」
感心しているようで呆けた表情をしている晃一を無言でかわすと、地面に折り重なるように落ちたツルの葉を取るようスタッフに指示し、自分はツルを一本ずつ引き抜き始めた。
一人奥へと進み、司は一本の大木の根元に置かれた長くて平たい岩を見つけると、そっと撫でた。
まるで何かで削られたようだ。しかも少し磨かれている。
「何だろうな?」
岩の各々《それぞれ》端から三分の一程の地面には、くいで打ち込んだような窪みが二ヶ所ある。
首を傾げながら後ろを振り返った。
ちょうど紀伊也と晃一がツルを引っ張っているところだった。
少しホッとしたように元に向き直ったが、ハッとしたように再び振り返った。
自分の位置する場所が、半円を描いたちょうど中心に当たる。そして、恐る恐る上を見上げた。
両手を広げたように左右に大きな枝が分かれ、更に枝分かれをして大きな濃い緑が覆っていた。
何か血生臭い空気を嗅いだ気がした。
思わず身震いした自分に気付き、慌てて目をそらせると根元に目をやった。
ん?
何か反射したように見えた。水溜りでもあったのだろうか。
それにしては動く気配がない。
しゃがみこんでそっと手を伸ばし、それに触れてみた。
自分の親指の爪ほどをはがしたようなものだ。
「魚のうろこ?」
ここがアマゾン川の流域ならば、巨大な魚のうろこがあってもおかしくはない。
銀色に光るうろこをしばらく眺めていたが、そのままそこに捨てると大木の反対側に回ってみた。
少し広けた草地があり、ちょうど大木と向かい合う格好で山のような形をした岩があった。
その高さは司の腰くらいまであるだろうか、表面は意外にも滑らかだ。
大木に手を掛けながら上を見上げ、中心まで歩いた時、つま先に何かが当たり、ゴロっと石が転がった。
ん?
足元を見ると、小石が積み重ねられていたのだろうか、同じ大きさの平たい黒い石が三つ転がっている。
あれ?
よく見れば、アマゾン川の沼地から出発した時に見つけた黒曜石によく似ている。
司はその石を同じように重ねて置くと、立ち上がって岩の方へ歩いた。
岩の向方はまるで何かの入口のように大きな葉で塞がれ、再びジャングルが覆っている。
「まさか、な・・・」
引きつる頬を何とか抑え、その大きな葉の一枚に手を掛けてめくると、中へは入ろうとせずに、じっと奥を見つめた。
まるで何かを偵察するかのような鋭い視線を送った。
が、不意に眉間に痛みが走ると目眩を起してしまったようにガクンと膝をついてしまった。
両手を地面についていないとそのまま倒れてしまいそうになるのを必死で堪えていた。
「チっ、・・・ 能力の使いすぎか・・・ 」
その内体中が震えて来ると、目の前の視界が閉ざされ、何も聴こえなくなってしまった。




