第七章(一の2)
「紀伊也、離すなよっ!」
司は右手で、紀伊也の左手をぐっと掴み、思い切り引っ張った。
司の気を体に感じた紀伊也が岩井を掴んでいた右手に力を込める。
ぐぐっと、埋まっていた足が動いた。
しかし、岩井には気が気でない。
目の前に鋭い歯を携えた大きな口を持ったワニが迫っているのだ。
近づくそのスピードも徐々に増しているのが分かる。肉食動物が獲物に食らいつくその速さは映像で何度か見ている。
獲物がその牙に倒される瞬間が自分だと想像してその映像とかぶると、体の震えが止まらない。
司も紀伊也も必死だった。互いを握っている手の平が汗で滲んでいるのが分かる。
「紀伊也っっ!!」
うわぁぁぁっっっ ・・・・!!!
ズボっっ ・・・
体長にして2Mはあっただろうか、大きな口を開け、ガバっっ と襲い掛かって来たワニに絶叫すると、辺りに物凄い勢いで泥が飛び散った。
・ ・ ・ ・
一瞬、沈黙が三人を襲う。
三人が目を合わせた次の瞬間、岩井の足が持ち上げられ、勢いで飛び上がった。
ガバっっ
バッシャーーンっっっ
ズボっ
紀伊也はその隙に急いで岩井を後ろへ放り投げた。そして、つい一瞬前、入れ替わった司の体を支えようとしたが、泥の中に埋まっていたワニの尾に勢いよく体を打ちつけられてしまった。
「あっ うっ・・」
ガツっ
バチャっっ バチャっ バチャっ ・・・
しかし、司には構っている余裕はない。飛び掛って来たクロコダイルの大きな口を咄嗟に放ったチェーンで縛り付けると、そのまま叩き突け、泥の中にその頭を埋めた。
物凄い勢いで大暴れする巨体はさすがに完全に抑えつける事は出来ない。
腰のベルトからサバイバルナイフを抜き取ると、左手に握り締めた。
激しく暴れるクロコダイルの頭上にナイフを構え、その動きを見定めると右手を思い切り引き付けた。
ガッッ
ズザっっ
ナイフが急所に突き刺さった時、巻きついていたチェーンが司の右手首にするすると戻って行った。
バッターーンっっ ・・・
ナイフからその巨体が離れ、泥の上に倒れると、ズブズブと埋まって行く。
はぁっ はぁっ ・・・
大きく肩で息をしながら二・三度呼吸を整えると、すぐさま紀伊也の傍に寄った。
「大丈夫か!?」
「 っつ・・、 !? 司っ 危ないっっ 」
紀伊也の悲鳴に振り向くと、数匹の巨大なクロコダイルが群れを成してその速度を上げて近づいて来る。
その内の二匹が大きな口を開けて襲い掛かって来た。
グワぁぁぁっっっ
バッシャーーーンっっ ・・・
ガツっっ
思わず目を閉じた。
バシャっ バシャっ
自分に襲い掛かって来たかと思ったが、すぐ傍から物凄い勢いで泥が顔に飛び掛ってくる。
目を開けると、さっき自分が倒したクロコダイルに襲い掛かっていた。
二人は思わず息を呑んで立ち尽くしてしまったが、次々に近づいて来るクロコダイルに気付くと、慌てて逃げ出した。
後ろでは泥の跳ねる音、肉を切り裂く音、互いを威嚇し合っている音が激しくぶつかり合っている。
泥に足を捕られながらも、必死でその場から離れ、ようやく地に足が着くと少しホッとしたように振り返った。
野生のワニの格闘は想像以上に凄まじい。
もし、自分が鍛錬された能力者でなく、岩井と同じ普通の人間であったなら、恐らく今頃手足を引き裂かれ、彼等に食われていただろう。
司は背筋に何か冷たいものが流れるのを感じて息を呑むと、その光景を茫然と見つめ、自分の右手を強く握り締めた。




