第二部 我レコレヲ食ラフ 第七章
第二部 我レコレヲ食ラフ
第七章(一)
雄大に広がる湿原の向方に流れるアマゾン川をしばし見つめていた。
今までに感じていた何か自分を責めるような重苦しい空気とは違って、清々《すがすが》しい緑の大地から溢れて来る活力を感じるような空気を肌に受けていた。
が、しかし徐々に照りつける赤道直下の太陽の陽射しが現実へと引き戻して行く。
「これからが勝負だな」
強い光を顔に受け、太陽を見上げながら司は呟いた。
現実に今、自分達はこの広いジャングルの中の何処に居るのか、皆目検討もつかない。
果たしてどちらに足を向ければ帰る事が出来るのだろうか。
そして、一人の脱落者もなく、全員が無事に帰る事が出来るのだろうか。
一抹の不安が寄切らない訳ではなかった。
「どっちに向かって流れているんだ?」
司の隣に紀伊也が立った。
「よく見えないな、行ってみるか」
遠くに見る川の流れが余りにゆったりしすぎている。
陽の光のせいなのか、ここからでは全く分からなかった。
川を目指して数メートル歩いた時、足元の柔らかい感触にふと足を止めた。
「止まれっ! ・・ ばかっ それ以上行くなっ!」
目先の川に気を取られ、足元に注意を払っていなかった。
うわっ
ああっーーっっ
同じように司より先を喜びいさんで歩いていた晃一と岩井、それに木村から悲鳴が上がった。
「早く戻れっ」
突然の目の前の光景に後ろに居た佐々木と西村は慌てて引き返す。
とっさに掴んだ木村の腕を引っ張ると、司は右足に力を入れて彼を放り投げるように後ろへ突き放した。
自分の右足のつま先が泥の中にのめり込んで行く。
「晃一っ!!」
「あ、足が抜けねぇっっ、司っ 何とかしてくれっ!」
ずぶっと、くるぶしまで片足が泥の中に埋まってしまい、力を入れて抜こうとするが、もう片方の足までそのままずぶずぶと埋まって行く。
「動くなっ 動けば余計埋まるぞっ 」
生えている植物の根元を確かめるように一歩ずつ晃一に近づいて行く。 が、その間にも晃一の足は深みに落ちて行く。
晃一は動く事が出来ず、半分後ろを振り返りながら司が来てくれる事を祈るように待った。
見れば、少し離れた所にいた岩井の片足は完全に膝まで埋まり、助けに向かった紀伊也の片足も膝の半分まで埋まっている。
「何か ・・・、 ヤバイぞ・・・、なぁ 司っ あれ見ろよっ、・・ 何だよっ アレっ!?」
自分達が目指していた川の方から何か光る物がこちらに向かって来る。
長い体をくねらせて近づいて来るそれは紛れもなくワニだ。
時折、待ってましたと言わんばかりにその大きな口を開けている。
「紀伊也っ 気をつけろっ クロコダイルだっ!!」
ようやくの事で晃一の腕を掴んだ司は、一瞬ホッとしたような晃一と顔を合わせたが、すぐに足元を確かめながらその手に力を込めて晃一を引き上げた。
何とか片足ずつ抜けると、晃一は司に背中を押された。
「オレの通って来た所を歩いて行け、力を入れるなよ。 行けっ 」
指された方を見れば、植物が根元から折られ、そこが踏み潰されている。が、それもつま先でしか歩く事は出来ないだろう。
晃一は覚悟したように頷くと、つま先で一歩一歩渡り歩くように、司の作ってくれた道を踏んで行った。
ようやく泥沼から抜け出た晃一がハッと振り向くと、司も紀伊也の近くまで辿り着いたようだった。
それより晃一には三人の向方から近づいて来るワニが気懸かりだ。
!?
先ほど見えた時より銀色に光ったワニの背中の数が増えている。
一番最初に見えた背中だろうか、三人との距離があとわずかだ。
「司ぁぁっっ!!」
思わず悲鳴に近い声を上げた。




