第六章(六)
第六章(六)
辺りがダークブルーに染まって来た。
あれからずっと黙ったまま二人は炎を見つめていたが、空を見上げ、星の光が白く小さくなって来たのを見ると、顔を見合わせてホッとしたように息を吐いた。
もうすぐ夜明けだ
何の音も聴こえないが、何と穏やかな静けさなのだろう。
二人は立ち上がると、皆を起し始めた。
昨夜の出来事を全く知らない皆は、すがすがしい朝を迎えたようだ。
思い切り深呼吸すると、湧き水で顔を洗った。生き返ったような心地好さに思わず笑みがこぼれる。
各々《それぞれ》の水筒に水を汲み入れ、ベルトを締め、靴紐を締め直すと、リュックサックを背負った。
「司、いつでもいいぞ」
晃一の威勢のいい声に皆笑顔で頷いた。
司も笑みを浮かべると、左腕にはめていた時計を外し、湧き水の窪みにそれをはめ込んだ。
チっ チっ チっ
時計の針が音を立てて進んで行くのをしばらく見つめた。
「もうすぐだ。必ずオレについて来いよ。必ず全員で抜けるぞ」
力強く言うと、伝説の言う『悪魔の住む森』の入口に立った。
空のブルーが幾分明るくなり、空全体が白みがかって来た。
夜明け前のこの空の色は何とも言えない神秘的な表情をしている。
「来るぞ」
その声と共に一筋の光が射し込む。
その速さは一瞬だ。 瞬きをする事さえ出来ない。
カーーーっっ・・・
窪みの時計の文字盤のダイヤに光が反射し、各々の小川に向かって光が二つに分かれた。
流れていた水は一瞬だけ止まったが、次には勢いを増して流れ出した。
「行くぞっ」
枯れ木を押し退けると、司は走り出した。
一斉に皆が後に続く。
最後に紀伊也は時計に振り返ると、そこから光が司の背中に向かって一直線に伸びているを追って走り出した。
不思議と小川からの腐臭は感じなかった。
司の先には光が射している。まるで自分について来いと言っているようだ。
光が射す方へ、 光の先に向かって司は走った。
どの位走っただろうか、目の前に光の壁を見つけた。
そして、垂れ下がった草木を両手で力いっぱい押し広げて飛び出した。
余りに眩しくて思わず目を閉じてしまったが、すぐに後ろを振り返り、皆が来ている事を確かめる。
「紀伊也っ!」
最後について来た紀伊也の手を取ると、引っ張り出すように引き入れた。
「ここは?」
はぁ はぁ 全員が力尽きたように肩で息をしている。
晃一は目の前に広がる草原に茫然とした。
本当に抜け出せたのだろうか。 まるで以前下りた『聖なる森』のようでもある。
「ホントに出たのかよ?」
「出た、みたいだな」
司は紀伊也と顔を見合わせると思わず笑みを浮かべた。
「あははっ・・・、出られたぞっ やったなっ 」
抱えている不安を一気に吹き飛ばすかのように声を上げて笑うと、紀伊也と右腕をぶつけ合った。
「マジで? マジで出られたのっ!? なぁっ 本当にっ!? 」
晃一はにわかに信じられずにいたが、司と紀伊也が笑い合って喜んでいるのを確認すると歓喜の声を上げた。
「あははっ 晃一、とりあえず出られたぞっ 」
昨夜までの緊張から解放されたせいなのか、司はホッとしたように大きな息を吐いた。
一度振り返り、足元に流れている小川を辿るように前を見つめた。
少し先で何本もの小川に分かれ、遥か遠くの方で湖のような大きな川へとつながっている。
「アマゾン川だ ・・・」
遥か太古の昔より流れる川なのだろう。
ゆったりと大自然の中を悠々と流れる大河に思わず見惚れていた。
朝陽が優しく大地を包み込むようにその光が輝いている。
そして、彼等の上に君臨するようにその神々《こうごう》しい顔を覗かせた。
迷う事なかれ 光の導くままに その手を伸ばせ
さすれば自ずと見えるだろう
森羅万象碧き石の上に成る
生ある物 碧き石に従いて 驕ることなかれ
すべては光の導くままに
第一部 『太古の森伝説』 終




