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サバイバル  作者: 清 涼
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第六章(ニ)

第六章(二)


どれ程眠ってしまったのだろうか。

目を覚ました時、ふと涙を流していた事に気付いて慌ててそれをぬぐった。

いつの間にかサーベル・タイガーも何処どこかへ行ってしまっていた。

夢でも見ていたのだろうか、秀也の温もりを感じていた気がした。

が、力が抜けたように辺りを見渡して溜息をついた。

やはり存在していた伝説のとおり、帰れる事は出来ないのだろうか。

明日のわずかな可能性に懸けて何とかこの森から抜け出せたとしても、果たして全員が無事に生還出来るのだろうか。

紀伊也や自分のように能力者でなく、生身の人間の彼等がこの苛酷な状況の中でどれだけ持ちこたえる事が出来るのだろうか。


「秀也、・・・ オレだけでもお前のところへ帰りたいよ・・・」


思わず司は呟いてしまった。

そして、ぎゅっと握り締めていた秀也のライターを見つめると唇を噛み締めた。


 ウォーーン・・・・


不意に遠くの方で狼の遠吠えが聴こえ、ハッと顔を上げた。


 !?


思わず立ち上がって辺りを伺う。

まだ半日と経っていないのに、何故こんなに薄暗いのだろう。

司の全身に緊張が走る。それと同時に走り出していた。

今朝歩いて来た時には、そんなに遠くまで歩いたという感覚はなかったが、今はその倍程の距離を走っているような感覚がある。

ようやく湧き水のある岩崖に辿り着いて、思わず目を見張った。

誰一人としていないのだ。

辺りを見渡したが、その気配さえない。

しかし、争った形跡のない事から、とりあえず岩の上に干してあった自分の服を着ると、ウエストのベルトをしっかり締めた。

「紀伊也っ!!」

テレパシーを送りながら大声で叫んだ。

「紀伊也っっ!!」

もう一度叫んだ時、ザザザっっ と数人の駆けて来る音がして、枯れ木の間から佐々木と西村が息を切らしながら出て来た。

続いて岩井と木村も同じように血相を変えて走り出して来た。

まるで、また怪物まがいの生物から逃げて来たとでもいうようだ。


「どうしたっ!?」

「あっ、 ・・ 司さんっ ・・ クモ・・・っ すっごく大きな蜘蛛が・・・、 はぁっ はぁっ ・・」

「クモ? ・・・ タランチュラかっ!? 蜘蛛がどうしたって!?」

「あっちに・・・ 」


答えるのがやっとだ。逃げて来た方向を指して全員その場に座り込んでしまった。

西村が何か言いかけたが、あっという間に司は皆の前から姿を消して、枯れ木の向方へ飛び込むように入って行ってしまった。


何と腐臭の漂う薄暗く気味の悪い所なのだろう。

入った瞬間、思わず手で鼻を覆った。が、思い出したように左手にはめていた時計を操作すると、その文字盤から光が出て辺りを照らす。

不意に先の方で悲鳴が聞こえ、殺気を感じた瞬間、司の瞳の表情が消え失せると、冷酷な色に染まって行く。



「お、おい ・・・、頼むぜっ ・・・、これ以上こっちに来んなよ・・・っ 」


体全身から脂汗がにじみ出て来るのが分かる。

震える手を何とか動かしながら晃一は、自分の片足に絡まった枯れ枝をほどきながら、目の前に立つ紀伊也の背中を祈るように見つめていた。

「晃一、まだかっ!?」

半分後ろを振り返りながら紀伊也は、額から滲み出す汗を袖で拭うと、再び彼等と向き合った。

その体の大きさは直径で50CM位はあろうか、太くて盛り上がった黒い脚を含めると優に1Mは超えているだろう。

全身を棘のような毛で覆われた真っ黒な色をした8本の脚を持った巨大な蜘蛛が2匹、互いを牽制けんせいしながらこちらにいつ牙を剥こうか対峙たいじしている。


自分の手の平程の大きさのタランチュラでさえ、紀伊也には脅威なのだ。

それなのに、今目の前にしているこの蜘蛛達は予想を遥かに超えた化け物なのだ。

牙を剥かれたら一たまりもないだろう。

紀伊也は瞬間移動してでも、この場から逃れたかった。


「晃一っ」

「わ、わかってるって・・・、でも なかなかっ あーっ っきしょーーっっ 」

「 っ!?」


不意に一匹がこちらに向き、前足の2本をゆっくり動かした。

息を呑んだ紀伊也は左手に構えたナイフをぎゅっと握り直し、右手首を自分の胸の前に構えると、両足の体制を整えた。

もう一匹がこちらを向いた時、紀伊也の背後から凄まじい殺気と共に強い光が放たれた。


 ガサっっ  ザザザっっっ・・・・


隣に人影が現れると同時に、二匹の蜘蛛達は何かに怯えるように体を反転させると、暗い枯れ木の森の奥へと逃げるように行ってしまった。


 はぁっ はぁっ はぁっ ・・・


全身の神経の集中をくかのように激しい息遣いが響く。


「大丈夫か?」

「・・・ 何とか ・・・」


ナイフをしまいながら紀伊也は応えると、額の汗を拭った。


「何やってんだ、晃一は?」


司は屈むと、晃一の足に絡み付いていた枯れ枝の束をナイフで切り取りながら外した。


「ふいーっ 助かったぜ。 マジ ヤバかった」


司の手を借りながら立ち上がると、晃一は腰についた枯葉を叩き落とした。


「早く戻るぞ、 ・・・ 紀伊也っ! 」


晃一をまず促し、歩き出そうとして、茫然と立ち尽くす紀伊也に司は怒鳴った。

湧き水の前に出るまで三人は無言だった。

枯れ枝の踏み潰される音だけが妙に響いていた。


湧き水の前に出ると、三人をこの上なく不安な表情で待っていた四人のスタッフを見た時、司は思わず舌打ちすると、すぐに顔をそむけ、片手を湧き水に突っ込むように入れると、そこに水を溜めて口に運んだ。


「火はどうした?」


 あっ ・・・


冷めた司の言葉に皆茫然としてしまった。

今夜の火の為の薪を拾いに行った先で遭ってしまった怪物蜘蛛だった。

我を忘れて何もかも放り出し、思わずそのまま逃げ出して来たのだ。

そして、晃一はうかつにも放り出された枯れ枝の束にその片足を突っ込んでしまい、身動きが取れなくなってしまったのである。

瞬時にして状況を察した司は呆れて溜息をつくと、「行って来る」 と呟いて背を向けてしまった。


「俺も付き合うよ」

「もういいっ、お前らはここで待ってろ。 オレ一人で十分だっ 」


一歩近づきかけた紀伊也に向かって苛立ちを隠せず吐き捨てると、再び枯れ木を押しのけ、暗い森の中へ入って行ってしまった。


「紀伊也、俺達・・・ 」

「気に、するな。 ・・・ 仕方ない 」


背を向けたまま応えると紀伊也は、司の入って行った森の入口をじっと見つめ、唇を噛み締めた。

晃一はそんな紀伊也の後姿を見つめ、その両の拳が強く握り締められて行くのを見ると、何だか自分が情けなくなるのを感じた。


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