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サバイバル  作者: 清 涼
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第六章(一の3)

先程強い光線を受けた時に、その光のせいなのか矢で射抜かれたような痛みが走り、手首が切れた筈だった。

そこから流れ出た自分の血をぎつけられたのだ。

それなのに、今見れば出血どころか、その傷跡さえも見当たらない。

「傷が無くなってる ・・・ それで助かったのか」

再び両手で水をすくうと今度はそれをごくごくと飲んで、顔を洗った。

そして、びしょ濡れになった服を脱ぐと岩の上に広げた。

腰が抜けたように座り込んでいた皆もようやく立ち上がると、各々ホッとしたように顔を見合わせた。

そして、全員が無言で司を見つめた。


「何見てんだよ」

タバコに火をつけながらムッとしたように言うと、横目で煙を吐きつけた。

見れば、黒いタンクトップにショートパンツという、普段では決して見せる事のない姿だ。

自分達が司の細い腕と脚に見惚れてしまっていた事に気付くと、スタッフは慌てて視線をそらせた。

それに苦笑した紀伊也は自分の上着を脱いで司に渡した。

「大丈夫か? 傷は?」

「うん、大丈夫、心配かけたな。 見ろ、あの水のお陰でこれだ」

タバコを口にくわえ、上着を着ながら右手を差し出すと、紀伊也は驚いたようにその右手を取り、マジマジと見ながら感嘆の溜息を吐いた。

「アレだけの傷だったのに・・・。 すごいな・・・、 それでヴァンパイア・ウルフも諦めたのか・・・」

「多分、 ・・・ でも、それだけでもなさそうだけど・・・」

紀伊也の手から右手を抜くとタバコを指にはさんだ。

そして煙を吐くと、ヴァンパイア・ウルフの去って行った方を見つめた。

「あと一晩。 今夜乗り切れば明日の朝には何とか行けるかもしれない。 とにかく今日は一日ここで休むぞ」

再びタバコを吸うと、煙を吐きながら火の消えたき木に向かってそのままタバコを投げ捨てた。

「紀伊也、少し一人になりたい。 皆を頼む」

少し疲れたように言うと、森へと続く道に向かって歩いて行った。


「司!?」

驚いたような晃一に紀伊也は黙って首を横に振ると、岩崖の方に歩いて行き、湧き水の中に両手を入れた。

「紀伊也、いいのか? 司を一人にして」

司の後姿と紀伊也の背中を交互に不安そうに見ながら晃一は、司の後を追うべきか考えていた。

「晃一、お前、アナコンダに襲われそうになった時どんな気持ちだった?」

不意に訊かれ戸惑ったように、両手を湧き水に入れている紀伊也の背中を見つめた。

「怖かっただけか? 本当にられるって、心底思ったか?」

「え?」

「司がいるって、司が何とか助けてくれるって、そうは思わなかったか?」

晃一には答える事が出来なかった。

確かに紀伊也の言うとおりだった。

あの時、目の前までアナコンダの顔が近づいた時、とてつもない恐怖に襲われたのは事実だ。しかし、傍に司がいる事を知った時、あの牙から逃げる事が出来ると思っていた。

何故なら司が自分を助けてくれる筈だからだ。

根拠のない確信があった。

「皆もそうだ。 何があったって司がいる。司が何とかしてくれる、そう思ってる筈だ。でも、司は一人だ。さっきだって、・・・、俺さえも頼りにならなかった。俺も何も出来なかった。 あの時司は覚悟した筈だよ・・・」

紀伊也は自分の不甲斐ふがいなさに唇を噛み締めると、両手に溜まった水を思い切り自分の顔に浴びせた。


「紀伊也、ごめん ・・・ 俺達 ・・・」

「いいさ、気にするな。だからと言ってお前らが勝手に動いたんじゃ司も迷惑だ。仕方ないんだ、この状況じゃ。だからせめて今は司を一人にしてやってくれ」


一度晃一に向き直って言うと、再び背を向けて両手を湧き水に入れた。




 皆に背を向けて一人歩いていた司はしばらくすると、とたんに肩の力が抜けたように脇の大木に手をついて大きな息を2,3度吐いた。

そして、自分の体を抱き締めるように両手を肩に合わせ、そのまま大木に寄り掛かるように足を投げ出して座り込んでしまった。


あの時本当に死ぬかと思った。


このままヴァンパイア・ウルフの餌食になってしまうかもしれないと思った。

あの牙に全身の血を吸い取られてしまうのかと想像しただけで、とてつもない恐怖に見舞われた。

震える自分の両手を見つめ、顔を覆うと乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸って吐いた。


「はぁっ ・・・ はぁっ ・・・ お前か・・・。 オレを笑いに来たのか? 」


覆っていた両手を下ろし、目の前に現れた自分と同じ瞳の色をしたサーベル・タイガーを見つめると冷笑を浮かべた。

何も言わずにじっと自分を見つめる大きな二本の牙を持ったサーベル・タイガーに、司はフッと緩んだような笑みを浮かべた。

「少し眠りたいんだ。 こっちへ来てくれないか」

司の脇に、まるで飼い犬のようにぴったりと寄り添って腰を下ろしたサーベル・タイガーの背に上半身を倒すと司はそのまま眠りについた。


 ***


『やっぱりあれだな。 ライブの後、こうしてお前に抱かれてる時が一番幸せを感じるよ』


そう言って司は脇で仰向けのままタバコをくわえている秀也の裸の胸に手を添えると、立ち昇って行く煙を見上げた。

『そう? 俺から見れば今よりさっきの方がすっげぇいい顔してたと思うけど』

『さっき?』

意地悪そうに言われて少し不安になった。

秀也の前では気取ったり、妙な意地を張ったりしなくていい。いつも近寄り難いと言われている司でもその術を忘れ、完全に無防備だった。

『ライブん時』

『なぁんだ。 そりゃそうさ、ライブ程気持ちのいいものはないからな。 だって、それ言ったら秀也だってそうだろ?』

『クスっ ・・・ まぁ そうだな』

少し吹き出すと、再びタバコを吸って天井に向かって煙を吐いた。

そして体を起こすと、サイドテーブルの灰皿に灰を落とした。

そのまま一服吸いながらじっと司を見下ろす。


『何?』


じっと見つめられ、思わず照れたように頬を少し硬直させると視線をそらせてしまった。

『可愛いよな、司のそういうとこ。 さっきとは全くの別人だな』

『何が言いたいんだよ』

『こうしてると、フツーの女ってこと』

ふっと優しく笑った秀也の顔が近づいて来た時目を閉じた。

弾力のある唇を感じてき放たれると、秀也の温もりを肌で感じた。

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