第六章(一の2)
全身を銀色の毛で覆われ、ライオンのようなたてがみを持ち、大きく尖った耳は遥か遠くの方で鳴いた獲物の声さえも聞き分けそうだ。
赤く光ったその両目からは、餌食となった動物の血が今にも滴り落ちて来そうな程に気味が悪い。
そして、大きく尖った長い口からは、4本の鋭い牙を覗かせ、真っ赤な舌がだらりと伸びていた。
「ヴァンパイア・ウルフのお出ましだ。 紀伊也、どけ。 ヤツの狙いはこのオレだ」
真っ直ぐに自分を見つめるその赤い両目に司は諦めたように言うと、痺れた体を何とか起こし、湧き水に寄り掛かるように立ち上がった。
真っ赤な舌を出しながら、はぁはぁと目の前の獲物に向かってゆっくり近づいて来るヴァンパイア・ウルフに、紀伊也は思わず避けるように晃一を押して更に脇へと退いてしまった。
全員の背筋に冷たいものが流れ、喉の奥が震えて声を出す事が出来ない。
突然、ジュっという音がして見ると、ヴァンパイア・ウルフの口からよだれが滴り落ち、それが石に当たったようだった。
しかし、その石はあっという間に溶けてしまった。
硫酸!?
司と紀伊也は目を見張った。
何と恐ろしい獣なのだろう。
襲われたら一たまりもない。仮に牙から避けたところで、その唾液に触れれば溶けてしまうのだ。
二人には成す術がなかった。
司は息を呑んで身震いした。
その肩から背中にかけて、湧き水のせいで濡れていた。
抑えていた手を離し、右手を後ろ手につけると、冷たい湧き水が右手首に流れる。
ぐっと右手に力を入れると、ちょうど窪みの中に右手を突っ込む形になった。
その時、ピタっとヴァンパイア・ウルフの動きが止まり、その赤い眼が悔しそうに光ると、くるりと向きを変えて走り去ってしまった。
何が起こったのか訳が分からず、しばらく茫然としていたが、完全にその気配がなくなると、司は急に力が抜けたようにがくんとその場に座り込んでしまった。
はぁっ はぁっ・・・
朝陽が静かに辺りを照らしていた。
その中で司の息遣いだけが妙に響いていた。
ごくりと生ツバを呑み込んだ時、ようやく紀伊也が動いた。
「司・・・」
ゆっくり顔を上げると、近づいて来る紀伊也に向けて再び生ツバを呑みこみながら黙って頷いた。
口の中が渇いて自分の唾液が粘ついているのが気持ち悪い。
よろけるように立ち上がると、後ろを向いて湧き水に両手を入れて水を溜めると、それを口に運んだ。
ん?
水を喉に送りながら何かが違うと感じた。
そしてしばらくじっと自分の両手を見つめ、ふと右手首を見つめながら気が付くと自分の目を疑った。




