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サバイバル  作者: 清 涼
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第五章(四)

第五章(四)


その夜、晃一とスタッフはいつものごとく、司の発する能力によって深い眠りに落ちていたが、司と紀伊也は皆を守るように燃える炎を絶やさないように見守っていた。

二人の神経は今まで以上に張り詰めている。

深夜半過ぎ、遠くの方で狼のような遠吠えが聴こえた。

まるで、闇の中に吸い込まれてしまいそうな程に気味悪く聴こえる。


「ヴァンパイア・ウルフ。 まさかとは思ったが、居たなんてな・・・」


揺れる炎に映し出される司の横顔は、普段決して見せる事のない怯えたような表情をしていた。

そしていつも冷静でいる筈の紀伊也でさえも、ごくりと生ツバを呑み込むように息を呑んでいた。


「想像上の生き物だとばかり思ってたけど、この森に存在するなんて・・・、この森は一体・・・・」


辺りを見渡すと、炎の向方で安心したように眠っている皆に視線を送り、その後ろの岩崖の中央を見つめた。

司の先程の説明が本当であれば、明朝照らし出された朝陽が中央の窪みに当たり、そこから示された光に沿って行けば、この不思議な森から出られるというのだ。

それが嘘なのか真実なのかどうかは分からない。

ただ、伝説をそう解釈すれば、それを信じるしかないのだ。


早く朝になって欲しい、そう願えば願う程、時間の経つのが遅く感じられる。

重苦しい夜の闇が、じわりじわりまとわりつくように渦巻いているようだ。

司と紀伊也、能力者であるタランチュラとハイエナの異名を持つこの二人が恐れている想像上の生き物である筈のヴァンパイア・ウルフとは、文字通り吸血狼だ。

海の中で言えば、映画の「ジョーズ」のような巨大な肉食ザメを指すであろうか。

血の匂いに敏感で、どんなに離れていようが動物の生き血をその鋭い嗅覚が捕らえ、疾風はやてのごとく駆けて来る。

一度狙われたら最後の一滴までその血を吸い取られてしまう。


「紀伊也、太古の森の闇伝説の方は知っているか?」


何とか落ち着かせると、タバコに火をつけながら司が言った。


「闇伝説? ・・・、 そう言えば子供の頃に聞いた事があるような。 確か、真夜中に太古の森に迷い込んだ者は、闇の中に閉ざされたまま生きて外界に戻れない、とか言っていたような」


「うん、それ。 その闇の中に君臨しているのがヴァンパイア・ウルフだろ。 それに昼間のアナコンダ。 オレ達が迷い込んだのは闇伝説じゃない筈なのに、ヤツ等が出て来るなんて信じられないよ」


そして、一服吸って煙を吐くと、タバコを持っていた手で髪をかき上げた。


「何かが狂ってるとしか考えられない」

「司、それってあの碧き石に関係するのかな? もし、お前の言う通り、朝陽に照らされるのだとしても肝心の石がないんじゃ、その光を示してくれるのだろうか? 皆の前であんな事言って本当に大丈夫なのか?」

「 ・・・、 正直、オレにも自信ないんだよ。 確かに伝説では石に反射して二方向に光が分かれ、各々《それぞれ》の森に進める事になっている。でも、その前に泉が湧き出る事になってるだろ。なのに、石もないのに今も泉が湧き出てるんだ。しかも常に二方向に向かって流れてもいる。 あの小川の出来具合といい、ここ最近流れ出したものではないだろう。少なくとも半年は経っている。ここへ来た時、最初から何かおかしいとは思っていたんだ。でも、その何かがよく分からない・・・」

「誰かが故意に石を持ち去ったとでも?」

「恐らく。 でも、その石とこの森の関係がよく解らない。 伝説でもそこの所は全く触れていないからな。 あとはオレ達が想像するしかないんだけど」

「想像か、何だか想像だらけだな。 想像上の生き物、想像上の木の実、植物、それに、この森自体が想像上のものだ」

「くくっ・・ そうだな。 それに、オレ達だって、現実には在り得ない人間だ」

「そうだな」


苦笑しながらタバコを吸う司に、紀伊也は表情なく応えると炎を見つめた。


自分の存在すら理解出来ていないのだ。

ただ生まれ持った特殊な能力を目醒めさせた司に従い、忠実に指令をこなす事だけに生きて来た。

その為に身に付けた教養だった。

今、こうしてジュリエットというバンドのメンバーではあるが、それは司に誘われたからであって、自ら進んでメンバーに加わった訳でもなかった。

ただ司に従うだけだった。

それは、日常の三度の食事と同じ位当り前の事でもあった。

しかし、ただ司について行くだけであったと思っていたのが、バンドの活動をして行く中で、いつの間にか楽しいという感覚を覚えるようにもなっていた。

人間らしさを身に付けたと言っても良かった。

紀伊也自身、同じ境遇の司のその笑顔には、何かしら共有するものがあった。



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