第五章(二の2)
突然、その緊迫した空気を破るかのように、キーっ キーっ と甲高い鳥のような鳴き声が辺りの頭上に響いた。
ガサッ ザザっー
一瞬、その巨大な蛇の頭が上に向かって向きを変えた。
「晃一っ 今だっ!」
司の声を合図に晃一は、ダっと勢いよく転がるように地面を蹴った。
その瞬間、ガバっ と大きな口を開けた蛇が反転して晃一に襲い掛かった。
シュっ ズサっっ
ザザーーっっ ドサっっ
「うわっ ・・・ ばかやろっ 」
ああーーっっ!!
ズサっっ
腰を抜かしたように、両手を後ろについて座り込んだ西村が悲鳴を上げた。
襲い掛かった蛇の頭に司の放ったナイフが根元まで突き刺さると、一瞬仰け反った蛇が物凄い音を立てて地面に落ちた。
と同時に地面を蹴って勢いよく転がった晃一は司に抱きつくように倒れ込み、二人はそのまま抱き合うように地面に転がってしまった。
全長10M程の巨大な体がバタバタとそこら辺の草木をなぎ倒さんばかりに暴れ、再びその巨大な頭を持ち上げると、怒り狂ったように大きな牙を剥け、二人に襲い掛かったのだ。
ガシュっ
大きな口の中に、紀伊也の放ったバタフライナイフが突き刺さると、更に巨大な体が天に向かって仰け反った。
「早く行けっ」
司は晃一を押し退けると、素早く立ち上がったが、物凄い勢いで大暴れする蛇の尾に体を打ちつけられ、再び地面に転がってしまった。
「司っ!!」
うわぁーーっっ
両目の間の真ん中の額と開いた口から血を噴出しながら、尚も狂ったように晃一目掛けて蛇は襲い掛かる。
最初に目をつけた獲物は逃しはしない、血走った目がそう言っているようだ。
「晃一っっ!!」
打ち付けた体を起こし、体制を整えようとしたが、蛇の尾がそれを阻む。
瞬間、それを飛びのいて避けると、晃一と蛇の間に入った紀伊也に目を見張った。
ガっっ
蛇の頭を蹴り上げた紀伊也に、血がほと走る。
司は自分の足元を触って何か操作すると、こちらに向かって倒れて来る鉄色をした胴体に沿って右足を蹴り上げた。
ザシューーーーっっ
何かを切り裂くような大きな音が響き渡った。
司の右足が完全に真上まで上がった時、その巨大な蛇は硬直したように胴体半分を立てたまま動かなくなった。
そして、司の右足が地面に下りると、その巨大な体がゆっくり倒れた。
ドサっ
倒れた蛇の向方に腕で顔を覆っている司が見えた。
遠くからでも肩で息をしているのが分かる。
はぁっ はぁっ はぁっ ・・・
誰もが言葉を発する事なく、ただ司の息遣いだけを聞いていた。
ゆっくり腕を下ろした司は、頭から蛇の血を浴びていた。
よく見れば、その巨大な胴体は、腹から真っ二つに切り裂かれている。
最後まで蹴り上げた時、口の中に突き刺さっていたバタフライナイフが宙を舞い、晃一の足元に落ちた。
サバイバルナイフを腰のベルトにしまいながら、司は右足のかかとをトンと地面に打ちつけ、靴の先に飛び出していたナイフをしまった。
「晃一、大丈夫か?」
紀伊也は晃一の足元に落ちていた自分のナイフを拾うと、それを軽く振って血しぶきを飛ばし、折りたたむように閉じると、腰のベルトにしまって、晃一の手を取って立ち上がらせた。
「あ、ああ・・・」
真っ赤な血をドロドロ吐き出しながら動かない巨大な蛇と、それを無言でやり過ごして戻って来る司を見ながら何とか立ち上がると、一度紀伊也を見る。
その頬と首に血がついていた。
しかし、何の表情を変える事なく、いつもの冷静な紀伊也に幾分安心すると、軽く息を吐いた。
「す、げェな・・・」
呟いた晃一の目の前に険しい表情をした司が戻って来た。
「嫌な感じがする。 すぐここを離れるぞ」
背後に気を配りながら言うと、道の先でよろよろと立ち上がっているスタッフの方へと歩いて行く。
そして、そのまま何も言わずに4人の横を通り抜けると、先を歩いて行った。
「行くぞ、もたもたするな。 置いていかれるぞ」
足早に歩きながら晃一は4人を急き立てると、司と紀伊也の後を急いで追った。
ザワザワと風が吹き、辺りの木々が揺れる。
ザザーーっ と、一瞬突風が吹いたように黒い影が血に染まった巨大な蛇を覆った。
背後で何が起こったのか想像したくはない。 ましてや、視たくもない。
司は息を呑むと、更に先を急いで歩く速度を上げた。




