第四章(四の2)
陽の当たり具合といい、今は昼頃なのだろうか。
時計に目を落とすが、1時を回っている。
慣れて来たのか、誰も驚かなくなっていた。
ただ不思議なのは、この密林に遭難してから10日は経つというのに、それ程の疲労を感じていない事だった。思った以上に睡眠もよく取れている。が、それが司の生まれ持った特殊な能力によるものだとは、同じ能力者である紀伊也以外知る者はいない。
「ここがどの辺りなのか分からんが、とにかく行ってみなきゃ分かんねぇな」
司は脱いでいた靴を履きながら晃一を見上げた。
「そうだな」
晃一はタバコの煙を吐きながら応えたが、もう既に全てを司に任せると決めている。
あとは司について行くだけだった。
それが自分の生きる道だと思っていた。 恐らくスタッフ達も全員同じ気持ちだろう。
空になった水筒に崖から湧き出る水を汲みながら頷いていた。
ん?
湧き水を見ながらタバコを吸っていた晃一は、ふと気になって湧き水に近づいた。
今まで何も気にしていなかったが、その窪みがちょうどカードのダイヤの形をしている。
そこからチョロチョロと澄んだ水が湧き出ていた。
「う〜ん、どう考えてもダイヤのエースだな」
タバコを口に銜えると、両手の指でダイヤの形を作り、そこから覗いて見る。
「何やってんの?」
靴紐を締め直しながら司は、晃一がまるでカメラのレンズを覗くようなその格好に首をかしげた。
「ん? ちょっと見ろよ、これ。 ダイヤのエースだろ? これ 」
そのまま向きを変えて湧き水から司に視点を変える。
「あん? ダイヤのエース? お前が拾い損なったヤツか? 」
少し嫌味っぽく言って立ち上がると、晃一はチェっと舌打ちして煙を吐いた。
「どれ?」
「これ」
晃一の指す窪みをじっと見つめていた司は、何か納得したようにニヤっと笑うと紀伊也を呼んだ。
「どう思う?」
「凄いな、これ。 もし本当だとしたら伝説は真実だった事になる」
少し興奮したように感嘆の声を上げた紀伊也に全員が集まった。
「碧き石、朝陽に照らされた時、神秘の泉湧き出ずる ・・・か」
「何だそれ? また伝説か?」
「まぁな。 でもおかしいな、伝説じゃ、ここにある筈の石に朝陽が照らされた時にだけ湧き水が出る事になってるんだがなぁ」
「誰か持ってったんじゃねぇの?」
「誰が? だって、こんなアマゾンの奥地だぜ。オレ達だって迷子になってんのに、誰が持ってくんだよ。 それに、ここは普通の森じゃないんだぜ」
司は少し呆れたように晃一を見上げる。
「いやぁ、世の中分からんぜ。 俺達だって、今こんなヘンピなとこに居んだぜ。この辺に住んでる誰かが持ってったっておかしかねぇだろよ。 とりあえずフツーに考えてたら頭おかしくなっちまうもん。 ここまで来たら勝手にシナリオ作って映画の中にいるみたいに考えた方がいいだろ」
ポイとタバコを地面に落とすと踏み潰した。
「いいですねぇ、それ。 何だかインディー・ジョーンズ・ジュリエット版って感じで」
一番若い佐々木がポンと手の平を打つと、他のスタッフも思わず笑い出していた。
映画の場面を思い出しては、口々に好き勝手言い合っている。
その様子を呆気に取られたように司と紀伊也は見ていたが、やがて、原住民の儀式の話になった時、二人は同時に思い出したように顔を見合わせた。
「それに、とりあえず、だいたい捕まるのは女だろ? ほれ、ここに一人だけ女いるし。しかも、司だろ? 突き出しときゃ何とかなるだろ」
「オレかよ!?」
まだ見ぬ未知なる世界がどんな恐怖を彼等にもたらすのか知る由もなく、彼等は自分達の置かれた状況をしばし忘れて笑っていた。




