第四章(四)
第四章(四)
『絶対、晃一のヤツ、許さねェっ。 アマゾン川に沈めてやるっ』
出発を明後日に控え、司は半ば八つ当たりするかのように秀也に食って掛かる。
『まぁまぁ、単なる旅行だと思えば』
『あのなぁっ、このクソ忙しい時に旅行なんか行ってるヒマはねぇんだぞっ。 だったらオフもらって篭もりたいくらいだよっ。 曲だってまだ半分も出来てねぇんだからっ、どうすんだよっ!? 帰って来たらそれこそ眠れねぇんだぞっ』
『わかった、わかった。 そう憤るな、鼻の穴、広がっちまうぞ』
憤慨する司を宥めるように肩を叩くと、そのまま抱き寄せた。
『たかだか1週間の辛抱だ。気分転換に自然に触れるってのもいいもんだぜ。 少し休みだと思って、こっちの事は忘れろ。なっ』
『のんきな事を』
『焦りすぎだよ。 お前はいつもいつもいっぱいいっぱいだろ? ちょっと休め』
『だぁっ』
『いいから休めって』
言いかけて口を塞がれると、上目遣いに秀也を見上げた。半ば睨むようにこちらを見下ろしているが、その瞳の奥は優しく包み込むようだ。思わず何も言えなくなってしまい、目をそらしてしまった。
『・・・、わかった』
『よしよし、いい子だ』
まるで子供扱いだ。
秀也は司の頭を撫でながら笑うと、司の顔を覗き込んだ。
『でも、晃一だけはアマゾン川に沈めて、ピラニアの餌にするか』
『当り前だ』
意地悪く言うが、秀也のその優しい瞳に思わず頬が緩んでしまった。
******
突然、音もなく黒い影が司を襲った。
バチっ
ハッとして目を見開くと、悲鳴を上げる事さえ出来ずに息を呑んだまま固まってしまったように凝視してしまった。
「あー、驚いた」
晃一は安心したように司の前から顔を上げた。
ゲホっ
余りに呑み込み過ぎて、少し苦しくなって司は飛び起きた。
「驚いたのはこっちだっ、・・・ ゲホっ ゲホっ ・・・」
目を開けた瞬間、晃一の超ドアップの顔面だったのだ。
晃一が顔を上げた時、晃一の髪の毛が自分の目に当たって思わず目を閉じてしまったくらいだ。
「死んだかと思ったよ」
「誰が?」
「お前が。 呼んでも起きねぇし、叩いても全然動かねぇんだもん。 紀伊也だってさっさとどっか行っちゃうし、どうしようかと思ったよ。 ま、お前さえ生きててくれれば俺達も何とかなりそうだからさ。 頼むぜ」
ホッとしたように水を飲んだ晃一に司は呆気に取られた。
「ぜってぇ アマゾン川に沈めてやるっ」
「何か言った?」
「何でもない」
ぷいっと顔をそらすと、司はポケットからタバコを出して火をつけた。
一度、腕の時計に目を落とし、明るい空を見上げながら煙を吐く。
もうこんな時間か。久しぶりによく寝たな
タバコを銜えながら立ち上がって思い切り伸びをして再び煙を吐くと、紀伊也が太古の森へと続く大きな葉の裏側から出て来た。
「行って来たのか!?」
「うん、そこまで。ここと余り変わらなかったよ、時間は。 で、これ収穫」
紀伊也の手には赤い実が握られている。
「あはは・・・、よくやったな。伝説の赤い実だ。とりあえず食っとこうぜ」
司は笑いながら紀伊也の手の中から親指の爪程の赤い実を1つ取ると、そのまま口の中に入れた。
「大丈夫かよ、おい」
「心配するな。味はカシスに似てるな。 伝説じゃ、この赤い実を食べるとしばらく腹持ちするらしい。それに、汚い水を飲んでも腹を壊す事はないと言われている。別名、浄化の実と言われているくらいだ。食ってみ」
そう言われて晃一は恐る恐る口の中に入れた。
ほのかに酸味を感じたが、まずくはない。甘酸っぱい味が口の中に広がった。
「意外とウマイな」
「だろ?」
「ホントに大丈夫かよ」
「伝説はな。ホントかどうかは知らないよ」
司は再び笑うと、タバコの続きを吸った。




