第四章(三)
第四章(三)
距離にして100M程だっただろうか。それにしては、急ぎ足で上って来たせいなのか皆へとへとに疲れていた。
全員が足を投げ出して座ると、ふくらはぎを叩いたりしている。
「何でこんなに疲れてんだよ ・・ はぁっ はぁっ ・・・ 」
晃一は訳が分からず忌々しそうに司に向いた。
「仕方ないさ。あれから何日経ったと思ってんだよ」
苦笑しながら応えると、息を整えて立ち上がり、崖から流れ出る水に両手を入れた。そして、まず顔に浴びせると次にそれを飲んで皆の方に向いた。
何気ない司の言葉に全員が自分の時計を見て呆然としている。
「何で ・・・ 20日なんだよ?」
声の出ない皆に代わって晃一が絞り出すように言った。
「あの湖で3日は過ごした訳だ」
諦めたように紀伊也は呟くと、溜息をついた。
「正確に言うと、湖で3日、そこからここまで1日かかってる」
「疲れるワケだ」
考えるのもイヤになる程の時間の感覚に、晃一はすっかり諦めると立ち上がって司と同じように水を顔に浴びせ飲むと一息ついた。
それに皆が続き、最後に紀伊也が水に手を入れながら司に振り向いた。
「司、これからどうする気だ?」
タバコに火をつけようとしていた手を止めた。
「あん? もうすぐ夜だからな。 今夜はここで寝る」
足元を見つめたまま言うと再び手を動かして火をつけ、空に向かってゆっくり煙を吐いた。
火を囲み、水の流れる音を聴きながら自分達の感覚で今日起きた出来事を語り合っていた。
まるでCGで作り上げたような光景が焼き付いて離れない。
天国と呼ばれる所があるのだとしたら、きっとあの場所の事を言うのだろう。 皆そう思った。
「1つの湧き出る泉から2つの世界へと導かれる。聖なる地へ赴いた時、真実の湖で己の真の姿を見、悠久の大地へ行づる。時の流れは疾風の如く過ぎし時、聖なる地の神の子となろう」
「何だソレ?」
突然語り出した司に晃一が訊いた。
「伝説の続きだよ。 この場所で2つに分かれている。見たろ? 全く反対に流れているこの水を。 で、さっきの湖が真実の湖だ。奥にあった岩の向方が恐らく悠久の大地と言われている場所だろう」
「司、行ったの?」
「行かねぇよ。 行ってたら永遠にお前らに会う事は出来なくなっちまうからな」
「え?」
「これは憶測に過ぎないが、時の流れは疾風の如く っていうのが事実だとしたら、きっと悠久の大地ではあの場所よりもっと早いんだと思う。 あっと言う間に婆さんになっちまうよ」
「ハハハっ・・、そうだな、こりゃいいや。 司のバアさんって言うのも見てみてぇな」
「もう一つの悪魔の住む森っていうのは、本当に魔界なのか?」
半分笑い転げている晃一を横目に紀伊也が訊くと晃一は笑うのをやめた。
「悪魔の住む森? おいおい、今度はマジに化け物かよ。 勘弁してくれよ」
「悪魔の住む森ね。 まぁ、なかなかの名案だな」
少し感心したように司は言うと、クスっと笑った。
「現実の森の事だよ。 つまり、ここが太古の森から抜けられる出口って事」
えっ!?
全員が目を丸くして口を開けたまま司を見ている。
「彼等に言わせなくても、あれだけの美しい森なら誰だって聖なる森だと言うだろう。オレ達から言わせれば本当に夢のような世界だからな。 反対に向方は普通にアマゾンの密林だ。 しかし、それも果てしなく汚染された水が流れる、とても人が住めるような森じゃない。 きっと動物でさえもまともに住めないだろう。 遥か昔に比べたら文明の力によって破壊され尽くしていると言ってもいい。 彼等はきっと祖先から語り継がれて来たのだと思うよ。 オレ達人間が科学と文明の力によって森林を破壊して来た事を。 だからきっと現実は悪魔が住むと言っているんだ。 今では幻のようなあの地も遥か昔にはきっと存在していたんだろう。 それをオレ達には理解出来ない何かが守っているんだ」
「俺達人間に何かを伝えたいって事か?」
「そうだな。晃一はどう思った? あの湖を見た時、何か感じなかったか?」
「そうだなぁ、最初目にした時は何も考えられなかったな。こんな場所がこの地球上にあったんかって、感じで。 景色のいいとこは何度か見てるけど、ああいい眺めとかじゃなくて、何つうか、懐かしいっていうか。 でも俺達が入っちゃいけないような罪悪感みたいのとか、そういうの感じたかな。 けど、感動したよ」
思い出しながら言う晃一にスタッフも頷きながら聞いている。
「司さんの話で思い出しましたけど、別のクルーの話では、以前アマゾン川流域を空から撮影していて、所々穴が開いたように土がむき出しになっていたのを見て、何かやり切れないって言ってました。まるで森が泣いているみたいだって」
「日本でもそうですけど、森林伐採って問題になってるじゃないですか。でも、CO2は削減しろとか。矛盾してますよ」
西村に続いて木村が言った。
以前、森林破壊を題材にした報道特番に参画した事があった。
問題提起するだけで、結局何の解決策も見当たらない。結果、個々が意識して過ごすしかないというエンディングで幕を閉じたが、意識だけでは思考回路をぐるぐる同じように廻っているだけでしかない事に苛立ちと虚しさを感じてしまった。
「進化し過ぎなんだよ。何かの成功には多少の犠牲が伴う事があるが、犠牲にし過ぎなんだよ。それも呆れるくらい」
司は呆れたように言うと、小枝を火の中に投げ入れた。
「見ろ、オレ達なんて今は全くの科学的技術なしだ」
その言葉に隣に居た晃一は、くっくっく・・・と笑い出してしまった。それにつられて皆も同じように笑ってしまった。




