第四章(二の2)
「どうした?」
どれ位走っただろうか。5分位だっただろうか。ずいぶんと先だなと思っていると、目の前の崖から流れ出る水を前に、紀伊也が左右に首を振って考えるようにそれぞれの方向を見ていた。
「司、見てくれ。 ここから水が湧き出ていて、ここで二つに分かれているんだ。それで、両方とも全く左右対称に川みたいになっていて、同じ距離の所でその先が見えなくなっている」
紀伊也の指す方に目をやると、片方は倒れた大木の陰に流れ込み、もう片方は大きな葉の陰に流れ込んでいる。
「それで?」
「それが、あっちの大きな葉の向方は予想通り澄んだ綺麗な水が流れているんだが、反対側の方は水銀が入っているのかな、かなり濃度の強い鉱物が入っていて全く飲めないんだ」
「で、この湧き水は?」
「これは、本当にただの水だよ。純水というか清水というか、多分何の不純物もミネラルも入っていないと思われる」
?
紀伊也の説明に首を傾げながら湧き水をすくって一口舐める。
確かに水だった。 が、今までに感じた事のない水の味だ。 紀伊也の言うとおり全くの中性なのか、何の成分も感じない。
そして、まず大きな葉の方をめくってみる。
大方の予想通り、透明な水が小川となって向方の方へ続いている。試しにすくって舐めてみると、少し甘味の感じられる綺麗な水だった。
少しホッとしたように葉を戻すと、今度は反対側へ行き、大木の上に足を掛けて少し枯れかけた枝を押し退けた。
先程とは対照的に、赤茶色の濁った小川が流れ、周りに落ちた枯葉からは少し腐臭を感じる。
恐る恐る指を入れ、舐めてみたが思わず顔をしかめてしまった。
「ホントだ、全くの正反対だ。何だここは?しかも此処が行き止まりって感じがするぞ」
再び中央で湧く水を見ながらそこから上を見上げた。
植物が一つもない岩のような崖が立ち塞がっている。
しかし、再び視線を湧き水に戻した時、何か嫌な予感が走り、ハッとしたように腕の時計に目をやった。
「紀伊也、嫌な予感がするっ。 急いで皆をここで呼んで来てくれっ」
「 !? 分かったっ 」
紀伊也も自分の時計に目をやると、思わず目を見張り、急いで皆の所へ走って行った。
何だ此処は!?
さっきオレが走って来た時には10分しか経っていなかったのに・・・
紀伊也の足音が聞こえなくなると、司はもう一度大木の方へ歩いて行った。
枯れかけた枝を押しのけ、そこに左手を差し出すと、腕時計のふたを開け、コンパスを出した。
「やはりな。 ・・・ てことは、これがアマゾン川に続いている訳か。 ・・・ という事は 」
コンパスをしまい、枝を戻すと、反対側に行き、大きな葉をめくった。
「こちらが太古の森か。 伝説の通りなら湖がある筈だな」
司は一度、紀伊也の去って行った方に目をやると、まだ戻って来る気配のない事を確認して葉の中へ足を踏み入れた。
緩い下り坂を小川に沿って下りて行く。
下へ行くに従い、柔らかい緑の匂いを優しく感じた。息を吸う度に体の中が浄化されるように鼻の中が通って行く。
柳の葉のような緑のカーテンが垂れ下がり、そっとめくって一歩外に出たとたん、司は息を呑んで立ち尽くしてしまった。




