第四章(一の2)
「太古の森伝説、か」
折り曲げた片膝を抱え顎を乗せると、司は呟いて眠っている皆を見渡した。
あれは伝説ではなかった。
夢か幻なのか自分の目を疑ったが、あれは紛れもなく、子供の頃兄の亮と一緒に見た図鑑の中のサーベル・タイガーだった。
ありとあらゆる全ての教養は身につけさせられて来た。 それでもまだ解らない事がある。
ここへ来る前、少し気になって独自に現地について調べた時、そんな噂がまだ残っている事に正直驚いた。
亮から聞いたのは15年以上も前の事だ。
それに、これだけの森林伐採が続く中で、それだけ神秘的な森があれば一目瞭然だ。 しかし、調べてもその痕跡すらの情報も得られなかった。
自分の目で確かめるしかないのか。
しかし今回は取材と言っても遊びだ。
遊びで行くのにわざわざこれ以上調べる事もないだろう、そう思っていたのだが、まさか事実遭遇するとは思わなかった。
この不可思議な森に迷い込んでしまったが、果たして出る事は出来るのだろうか。
本当に伝説の通り、二度と戻る事は出来ないのだろうか。
しかし、自分とて存在する事のない能力者なのだ。 同じように存在する事のない森があってもおかしくはない。
普通の人間と何ら違和感なく共存しているのだから、この森も何処かで共存しているのだろう。 そこにきっと何か手懸りがある筈だ。
伝説が実際に存在するならば、それを辿って行けばいい。
「信じるしかない」
再び呟くと、目の前で食べ残した果物を摘んでいる動物に目を細めた。
ん・・・、 ん?
深い眠りから浅い眠りに変わった時、何となく薄っすら明るい事に気が付いた。
しかし、それより首元に妙にふわふわした感触がある事に気付いて目を開けた。
起き上がろうとしたが、まず手先でそれに触れてみた。
ふわふわと、まるで毛皮のマフラーでもまとっているようだ。
ん?
今度はそっと首を動かして視線をやった瞬間、わっと飛び起きてしまった。
その振動に驚いたのか、そこに居た茶色っぽい毛皮の大きなマフラーがピクッと動く。
「お、おわっ!?」
「しっ」
悲鳴を上げそうになった瞬間晃一は、今にも吹き出しそうな司に止められて、息を呑んだままそっと司の傍に這って行った。
「何なんだよ、あれ!?」
小声だが、半分息を切らせながら司の耳元に向かうと、それが起き上がらない事を祈りながら見つめた。
大きなマフラーの正体は、何かの動物のしっぽだった。 体は丸まって向方を向いている。
「お前のお友達だ。気持ち良さそうに寝てるよ」
二人の声に紀伊也が目を覚まし、二人の視線の先に目をやると安心したように目を細めた。
「ずいぶんデカイたぬきだな」
「たぬきじゃない。猿の仲間だ」
「いつから居るんだ?」
「夜中から居るよ。 オレ達が食べ散らかした残りを綺麗に片付けてくれたよ。 どっかに行くかと思ったけど、そのまま晃一の隣で寝やがった」
司は笑うと、足元にあった小石を拾い、しっぽに向かって軽く投げた。
のそっとそれが動くと、丸まっていた体を伸ばす。 大型犬くらいはあるだろうか。四つ足で立ち上がると振り向きもせずのそのそと歩いて行ってしまった。
それを3人は無言で見送っていた。
「ああ驚いた。 何もされなかっただろうな。何かされてたら俺、お嫁に行けねェよ」
「心配すんな。ずっと見ててやったから。 それに嫁の貰い手がねぇのは今に始まった事じゃねぇだろ」
おどけた晃一に司は笑ったが、紀伊也は笑う事なく心配そうに司を見つめた。




